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経済学の名著50冊が1冊でざっと学べる

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平板な「名著紹介」じゃない。

著者の気持ちが入ってます! 



要約

経済学の基本から、資本主義や貧困の問題など経済にまつわる諸問題を、名著50冊の紹介にのせて語る。

無味乾燥な紹介文ではなく、著者自身の解釈・主張が入っているので、とにかく面白い。50冊の紹介も、数十ページかける本もあれば1ページで終わる本もあり、きちんと強弱が付けられている。

以下に主な著書だけを抜き出して紹介する。

 

  • 「国富論」スミス

「経済学の父」と呼ばれるアダム・スミスの著作。

経済学としては「重農主義」や「重商主義」しかなかった時代に、分業理論、利己心の概念、均衡価格の概念、国民所得の概念、労働価値説、自由放任主義など多くの斬新なアイデアが詰め込まれている。

分業が労働生産性を急激に高めた。農業より工業の方が分業に向くため、工業国でより経済が発展したのだとする。

またモノの交換価値は一般に「通貨」で測るが、通貨の価値も変動するため、基準としてはそのモノを生み出すのに投入した「労働」が尺度になると述べた。

商品生産は、労働+資本(設備など)+土地 が共同して生み出す。だから商品価格は、賃金+利益+地代 で決まり、これが「自然価格」であるとした。一方、需給バランスに応じて市場で形成されるのは「市場価格」で、「市場価格」は最終的には「自然価格」の近くに落ち着くものだと考えた。

そのためには、各人が自由に自分の利益を追求することが必要だと考え、国家は「独占」などの自由を阻害する要因を取り除く以外、経済への介入は最小限にすべきだと主張した。

 

  • 「人口論」マルサス

マルサスは「このまま人口増加が続けば、必ず食糧難が発生する」と主張した。今であれば普通の考え方だが、18世紀末には人口増加をマイナス要素と捉える人はほとんどいなかった。

食料生産は「足し算」でしか増やせないのに、人口は「掛け算」で増えていく。食料生産能力を超えた人口は「貧困と悪徳」により抑制されるとした。

冬至のイギリスにあった「救貧法」などの施策は、食糧生産増加の見通しを立てないまま人口を増やすので、いずれ破綻するとみた。

素朴な理想主義を批判し「貧しさを恥」と感じさせ「道徳的抑制=貧乏人は子供を産むな」で人口を抑えるべきだと主張した。

 

  • 「経済学および課税の原理」リカード

スミスの経済学が「生産」に関するものだとすると、リカードの経済学は「分配」に力点を置いていた。

リカードは、当時イギリスで出されていた「穀物法」法案に反対した。これは海外からの安い穀物を制限し、イギリスの地主の利益を保護するものだったが、「地主の利益は、社会のあらゆる階級の利益に反する」として、この法案に反対した。「地主の利益UP→穀物価格UP→賃金UP→資本家利益低下→社会の停滞」という流れになると考えた。

また、スミスが唱えた「労働価値説」に対しても、「労働を商品価値の基準とするのは良いが、労働自体も商品として扱われれば価値が相対的に変動する」として批判した。

 

  • 「経済表」ケネー

ケネーは18世紀のフランスで「重農主義」を説いた。

「社会では富が循環し再生産されている。その手段となるのは農業で、その源泉は土地である」と述べる。商工業はモノを持ち寄って加工したり交換したりしているだけなので、余剰価値は生み出していないと考えた。

 

  • 「雇用・利子および貨幣の一般理論」ケインズ

ケインズは古典派理論は「完全雇用を前提とした限られた条件下での経済学」だとし、汎用的な「一般理論」を打ち立てようとした。

年収1000万で働きたい人が10人いて、年収1000万円で10人雇いたい企業があれば、雇用の需給バランスはとれるが、企業側の要求が8人であれば2人の非自発的失業者が生まれ均衡点を押し下げる。結果的に賃金が低下し経済が停滞する。

それを防ぐため「有効需要」を意図的に作り出すことが必要だと考えた。「消費+投資=有効需要」となるため、需要が冷え込んでいるなら投資を増やせばよいということで、不況時の公共投資を提言した。

 

  • 「隷従への道」ハイエク

20世紀前半のイギリスでは、ケインズによる「計画経済的手法」の成功や、社会主義プロパガンダにより、計画経済への期待が高まっていた。

ハイエクは社会主義には全体主義と共通性を持つことを訴え、計画経済への傾倒に反対した。

国家による経済への介入を否定するものではないが、「競争を阻むための介入」は否定した。また「ごく少数の計画者」による経済運営の危険性も指摘した。

 

  • 「経済発展の理論」シュンペーター

 シュンペーターは「イノベーション理論」を唱え、経済発展の主要因は「企業者による非連続的な変化」であると論じた。

古いモノが新しいモノに変化していくのではなく、新しいモノは一時的には古いモノと共存し、やがて淘汰していく。例えば馬車が改良されて自動車ができたわけではなく、馬車と自動車は一時共存するがやがて古いモノは消えていく。

イノベーションを担う企業者は、リスクのある中、反対する人々や社会環境からの抵抗に負けない、激しい情熱と創造の欲求が必要だとする。

 

  • 「資本主義と自由」フリードマン

フリードマンはケインズの「修正資本主義」に対し「新自由主義」を提唱した。

自由な市場で双方が十分な情報を得て行う取引は双方に利益をもたらすとし、政府は市場経済のルールを守る審判の役割をすればいいと考えた。

金融政策などの人間の手に委ねることを危険視し、法制化してルールによる管理を提言した。

 

  • 「クルーグマン教授の経済入門」クルーグマン

クルーグマンはケインズの理論を継ぎ「時間をかけてじっくり裁量的に目指せば完全雇用は実現できる」と考えた。

また、伝統的な経済理論によれば、貿易は技術の違いや生産コスト、天然資源の有無などで分業されるもののはずだが、現実には同じようなレベルの国が似たような製品を作り相互に輸出入している。例えば日本とアメリカが双方で自動車を作り相互に輸出入しているように。

これは「消費者が多様性を好む」からであり、多様性が好まれるのであれば同じような製品を作っていても利益を上げることができる。そうなると採算性をあげるために「規模の経済(たくさん作る方が有利)」が重要になってくる。

クルーグマンが経済で得に大事だと考えたのは「生産性・所得分配・失業」の3点だった。

 

  • 「入門経済学」スティグリッツ

 スティッグリッツは「情報の非対称性」がある以上、「見えざる手」が市場を自動的に調整することはあり得ないとした。

新古典派は「完全競争市場」をモデルとしているが、「売り手、買い手がともに多数存在」し、「市場への参入離脱は自由」で、「商品は全て同質」で、「売り手と買い手とも商品についての完全な情報を持つ」という条件はあり得ないとした。

実際には情報格差があるため、市場経済は健全に機能せず格差を広げている、と主張した。

 

  • 「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」ウェーバー

 マックス・ウェーバーは「西欧の資本主義はプロテスタントが原動力になった」と分析した。

プロテスタント(カルヴァン派)では、紙によって救済される人はあらかじめ決まっているという予定説を信じた。信仰を深めたからといって救われるわけではなく、労働に対する利益が、自分が神の恩寵を受けているかどうかの照明になると考えた。そのため神の役に立つ働き方をストイックに重ね、結果利益を蓄積し資本主義の発展につながった。

 

  • 「資本論」マルクス

マルクスは「資本論」 で社会主義を語ったわけではなく、資本主義の科学的な解明を目指した。

マルクスは「商品」の価値は「必要労働時間」によって決まると考えた。必要以上の労働時間で生まれた「剰余価値」が資本家に搾取されていると考えた。

資本主義が発展するほど、機械など生産設備への投資比率が上がり、結果利益率は下がってしまう。それでも利潤獲得をするためには労働者の賃金を下げるしかなくなり、労働者と資本家の対立は不可避であるとした。

 

  • 「狂気とバブル」マッケイ

 マッケイは「バブルを引き起こす群集心理」について、著書「狂気とバブル」で解説した。

ルイ15世時代のフランスで、ミシシッピの貴金属目当てに株式が暴騰した事件、同時期にイギリスで、南海会社で行われた株価つり上げ工作とその後の暴落、古くは16世紀のオランダでチューリップ球根に破格の値段が付いた例などを挙げ、「人は歴史に学ばない」ことを訴えた。

 

  • 「アニマルスピリット」アカロフ/シラー

 経済では完全に合理的な人間をモデルとして論理を重ねるが、現実の世界には「不合理なプレイヤー」が多数いる。

「目に見える安心」、「公平さ」、「腐敗と背信」、「貨幣価値を見誤る貨幣錯誤」などで、合理的に見ることができなくなっている。

経済は純粋な理論だけでは動かないことを伝えた。

 

  • 「21世紀の資本」ピケティ

 ピケティは「富の分配の格差とその原因」について分析を行った。

「r > g」という式で「資本収益率は経済の成長率より大きいい」つまり「お金持ちの不労所得は働いて得る収入より大きい」ことをデータ分析から導き出した。経済成長率が下がるほどこの格差は拡大する傾向にある。

ピケティは「所得」ではなく「財産」に対して課税し、不労所得の収益性を下げること、またそれを徹底するために国際的に協調された「累進課税制度」を設ける必要があると提言した。

 

  • 「ゆたかな社会」ガルブレイズ

今日の経済学のベースは19世紀の貧困な社会で生まれたもので、現代の「ゆたかな社会」を説明することはできないとした。

19世紀の経済学では所得の分配で「貧困にあえぐ大多数」を想定しているが、実際に格差は広がっても「生産の増加」により「全体的な所得の底上げ」が起こり、不公平が根本的な問題ではなくなってきた

また、従来の経済では「生産」が重視されたが、モノが過剰にある現代では、必要なモノの生産より、不必要なモノでも購買させる「宣伝」の重要性が上がってきている

現代の経済で重要なのは「所得と雇用」であると訴えた。

 

  • 「ムハマド・ユヌス自伝」ユヌス

ムハマド・ユヌスは「マイクロクレジット」で少額融資を行い、人々が貧困から抜け出すことを手助けした。

バングラデシュでは女性差別がひどく、わずかな資金も融資されないため、そこから抜け出すことも難しかった。ユヌスはある集落が USD27が足りないだけで高利貸しから融資を受け、結果利益を吸い取られている実態を見た。ユヌスは「グラミン銀行」を立ち上げ、貧しい人に極小額を融資していった。

 

経済の名著50冊の内容要約を紹介する本かと思ったが、取り上げる比重にも強弱があり、網羅的ではない。

ただ、著者自身の見識や見解が存分にぶち込まれていて、とにかく楽しく読むことができる。さすが予備校教師だけあって読者の興味を引きながら、分かりやすく面白く説明することに長けている。

こういう風に本を紹介できればいいなぁ、と思う。

著者は、「放っておけば経済はちょうどいいところに納まるのだから干渉するな」という考え方と「放っておくと弊害が生じるから必要な干渉をすべき」という考え方の対立を軸としているようだ。

この視点で見ると、社会主義は全体主義と似ているかもしれないし、自由主義とアナキズムは近いのかもしれない。中々面白い。

実際には、自由と干渉の綱引きの中で「何に干渉するのか」「どう干渉するのか?」といった具体レベルの点で各論者の違いが見えてくる。

そう考えると、経済を調整する「見えざる手」を提唱したアダム・スミスは偉大だと思う。一方で生産が消費を追い抜いてしまった現代には、特に富の分配に置いて違う視点が必要なのだとも思う。



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