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小説 天気の子

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君の大丈夫になりたい

君を大丈夫にしたいんじゃない

君にとっての大丈夫になりたい

あらすじ

16歳の高校生 森嶋帆高は家出し離島から東京に向かう。

帆高は東京で仕事を探すが見つからず「東京は怖ぇ」とつぶやく毎日だった。手持ちの金も尽きてしまい、東京に来るフェリーで知り合った須賀圭介を頼って、彼の経営する小さな編集プロダクションK&Aプランニング に住み込みで働くことになる。K&Aプランニングでバイトしていた夏美と都市伝説の取材に回り、事務所での作業に没頭するうち、東京での生活を楽しいと感じ始める。

街を歩いていた帆高は、少女 天野陽菜が風俗のスカウトに追い回されているのを見る。彼女は帆高が食べるものもなくマクドナルドに居座っていたとき、ビッグマックをごちそうしてくれたバイト店員だった。

陽菜を助けようとした帆高は、以前拾った銃を撃ち、おもちゃだったと思っていた銃が本物だったことに気付き驚愕する。陽菜と帆高は廃ビルに逃げ込んだ。その廃ビル屋上で陽菜は、自分が「100%の晴れ女」であることを打ち明ける。

陽菜の能力を知った帆高は「お天気お届けします!」というサイトを立ち上げ、陽菜の弟 凪 も交えてビジネスを始める。晴れを必要としている人、晴れを心から喜んでくれる人がいることを知り、陽菜は「この仕事が好きだ」という。

その頃、須賀圭介と夏美は「天気の巫女」をまつる神社を訪れ、その悲しい運命について話を聞く。

「100%の晴れ女」の噂が広がりすぎ、裁けなくなった陽菜と帆高はビジネスを止めることを決める。最後の依頼者は須賀圭介で、親権を失った娘と会える時間を作るための依頼だった。

最後の仕事を終えた後、陽菜は晴れを祈るたび、自分の身体が空と繋がり透けていってしまうことを帆高に打ち明ける。

以前銃を撃った様子が防犯カメラに記録されていた帆高は警察が追われ始める。また子供だけで暮らしている陽菜と凪も養護施設に送られようとしていた。

今の生活を維持したい陽菜、帆高と凪の3人は家を飛び出し街をさまようが、8月だというのに雪が降り出す異常気象に追い詰められる。3人は何とか宿泊できるホテルを探し、ささやかな晩餐を楽しんだ。

その翌朝、目覚めた帆高は陽菜が消えていることに気づく。帆高はホテルに踏み込んできた警察に確保されるが、取調室から逃げ出し陽菜を探しにいく。

帆高は陽菜が晴れ女の能力を得た廃ビルに向かい、彼女の後を追う。

帆高は「青空よりも、俺は陽菜がいい!」「天気なんて、狂ったままでいい」と叫び、陽菜を取り戻した。

その後、東京には3年に渡り雨が降り続き、多くの土地が水没してしまった。

高校を卒業した帆高は、再びフェリーに乗って東京を訪れた。

感想・考察

私は今オランダに住んでいて、オランダの映画館でこの映画をみた。

私は「雨の降りやまない東京」というのを「閉塞感ある世界」のメタファーと受け取ったのだが、国土の大半が海抜以下で人間の力で土地を維持しているオランダ人には、もっと直接的なインパクトがあったのかもしれない。

「天気は天の気持ちだ」「数百年単位でみれば天候は大きく変動しているのだから、数年単位の観測で異常気象などと騒ぐことがおこがましい」という感覚も、私にとっては違和感なくしみ込んでくる。

「自然への畏怖」を前提としながら、「それでも自分の大切なものを大切にすれば大丈夫」だという訴えもしっくりと腹に落ちる。

だが「自然は闘い克服すべき対象」で「人間の将来のために自然は保護すべきもの」という考え方がある人には、私とは違う見方をするのかもしれないな、と思った。

映画一回を見ただけでは拾い切れない伏線がたくさんありそうだったので、小説版を読んでみたのだが、絵や音楽で表現できない分、心情描写が綿密に書かれていて、同じストーリーだが、違う作品として改めて感動することができた。

小説を読んでも何点か解消できない疑問(「なぜ須賀圭介は廃ビルを知っていたの?」とか)も残るが、いつか映画を見直して考えたいと思う。

映画が面白いと感じた人には、小説版で違う側面から物語をみるのもまた楽しいだろう。

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