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ダンシング・ヴァニティ

マルチバースを疾走する、サイケデリックな走馬燈!? 「ダンシング・ヴァニティ」筒井康隆

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あらすじ

同じ情景が少しずつ姿を変えてすうか繰り返され、その中から新しいフックを拾い、次の繰り返しへと移る。きわめて特異な構成。

渡真利という美術評論家の壮年時代からの半生を描く。妻と5歳の娘、妹とその娘、実母と6人暮らしをしている家で、ケンカのとばっちりを避けるシーンから物語は始まる。

渡真利はやがて美術評論家としてベストセラーを出し成功していく。とある事情から十数年間家族の元を離れたが、渡真利の不在中に彼が残した草稿をもとに出版された書籍も大ベストセラーとなっていた。また、娘と姪もコンビを組んで歌手として大成していた。

経済的に豊かになった渡真利は、かつて住んでいた家を取り壊し、その近くに大きな屋敷を立てて、また家族全員が一緒に住むことになる。

美術評論家として名声を得て傲慢に振る舞いながら、自分の傲慢さに自己嫌悪を感じる。中国で出演した映画では、自意識が肥大化した虎に殺されるシーンも描かれる。やがて娘の結婚やそれにまつわるトラブルを経て、生まれた孫娘を溺愛するようになる。

最後に、年老いた渡真利は再び家の前でのケンカに巻き込まれ、病院に運ばれる。過去の思い出なのか幻覚なのか、記憶が混濁する中、人生の終わりを迎える。

 

 

感想・考察

文章自体に謎の中毒性。

世界が無限に分岐していくというマルチバースをベースとしたSFだ。主人公の渡真利は、いくつもの分岐を体験しながら、無意識に選び取っていく。

亡くなった父への思いとの決別、幼くして死んだ長男との決別、情熱と不満を併せ持つ美術評論家という仕事との対峙、生涯を通じての異性への執着心との戦い、自己嫌悪との葛藤など、グルグルと繰り返し足掻きながら、先へと進んでいく。

必ずも最善とは言えないその選択の蓄積が、暖かく、でもどこか哀愁のある家族の姿に結実する。美しくはないし、誠実ともいえない生き方だが、生々しいリアリティが悲哀を感じさせる。

特に老齢を迎えて以降、繰り返しの幅は狭まり、突然遠い過去へリンクしたりと、先の選択肢が失われていることを感じさせる辺りは、強烈な息苦しさを感じさせる。

一日一日を大切に生きようと思う。 

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