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予想どおりに不合理  行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」

人間の行動は不合理。でもそれは予想できる。『予想どおりに不合理』

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要約

合理的なモデルではなく、実際に人がどのように動くのかをベースにした「行動経済学」を解説する。

相対性の真相

人は絶対的な基準ではなく他との比較で判断する。

例えば自分の収入を「快適な生活を送れるか」よりも「周囲と比べてどうか」で満足度が変わってくる。

分かりやすい比較対象を「おとり」として提示するマーケティング手法がある。

例として雑誌の購読のケースを挙げている。
「WEB版59ドル、印刷版125ドル」だけでは判断しにくい。
「WEB版59ドル、印刷版125ドル、WEB+印刷版125ドル」とすると、最後の選択肢の有利さが際立ち、実際にそこに注文が集中するという。

似ているが明らかに劣る選択肢を提示することで、売りたいものに誘導できる。

需要と供給の誤謬

最初に提示された条件が、その後の判断に影響するというアンカリング。

5万ドルの車の購入を検討しているとき、1000ドルの本革シートオプションは安く感じるが、家具屋で1000ドルの本革ソファーだけを見ると高いと感じる。
それどころか、もっと非合理な条件提示でもアンカリングは有効だ。

それ自体何の意味もない社会保障番号の下二桁を抜き出して、その価格である商品を買うかどうかを聞き、その後適正価格を尋ねる実験を行った。そうすると、下二桁が80番台、90番台の人がつけた価格は、10番台、20番台の人が付けた価格より明確に高かった。

需要にもアンカリングは影響する。牛乳の価格が二倍になりワインの価格が半額になれば、牛乳の売上は減りワインの売上は増える。これは牛乳とワインの選好や需要の度合いの反映ではなく、過去の価格との一貫性の問題である。

古典経済学では価格は需要と供給により合理的に定まるとされているが、実際には需要自体にもアンカリングが影響を及ぼしている。

ゼロコストのコスト

無料のインパクトは強い。

ある実験で、高級チョコを10セント、普通のチョコ1セントで、どちらを買うか選ばせたところ、9割が高級チョコを選んだ。ところがこれを1セントずつ値下げし、高級チョコ9セント、普通のチョコ無料としたところ、圧倒的多数が無料の方を選んだ。相対的な差は9セントのまま変わらないが、無料の吸引力は強い。

人は、得をすることよりも、損を避けることを優先する傾向がある。合理的に計算すれば損になる場合でも、無料の方を選びがちだ。

送料無料の条件で一定額を購入させるなど、この傾向を利用した手法も溢れている。

社会規範のコスト

人は「社会規範」と「市場規範」を分離して考えている。

例えばパーティーに招いてくれたお礼に現金を差し出すと気分を損ねてしまうのは「社会規範」にたいし「市場規範」で応えようとしたからだ。お礼をするなら手土産のワインなど、市場価値が曖昧になるものの方が望ましい。

また別の例では、託児施設でお迎え時間に遅れる親に対し「罰金」を科したところ、かえって遅刻が増えてしまった。これは「時間に遅れるのは悪い」と思う社会規範が、「遅れに対してお金を払えばいい」という市場規範に代わってしまったからだ。

またその後、罰金をなくしたところ、さらに遅刻が増えたという。一度市場規範に切り替わった認識は元に戻らず、それなら罰金が無い方が負担が軽くなるということだ。

「社会規範」と「市場規範」は、従業員と雇用種の関係、企業と顧客の関係、恋愛関係など、様々な場面で使い分けられている。上手く使えば双方にとって利益をもたらすし、失敗すれば関係を壊してしまうので注意が必要だ。

無料クッキーの力

無料のインパクトは強いが、社会規範に留まることで利己心を抑制する。

クッキーの値段を10セントから1セントに下げるとたくさん売れる。一人の客が何個買おうとする。これを無料にすると、客の数は増えるが一人の客が持っていく数は明らかに減る。「他の人にも行き渡るかどうか」など社会規範で考えるようになるからだ。

例えば、温暖化対策で炭素排出量を、企業の「社会規範」に頼るのは効果が低いかもしれないが、排出量の売買など「市場規範」を持ち出すと費用便益分析をして排出することが合理化されてしまう可能性がある。社会規範の領域に留めるよう、人々の意識に上りやすいよう誘導することが有効になるのかもしれない。

性的興奮の影響

興奮したときにどういう行動を取るかは、冷静なときには予測できない。

冷静な状態で「自分が性的興奮状態に置かれたらどのような対応をするか」を聞いた場合と、実際に性的に興奮した場面とで、性的嗜好や道徳性について大きな相違があった。興奮時の方が非道徳な行為や、安全を省みない行為を行う可能性が圧倒的に高かった。

性的興奮に限らず、運転で興奮しているときなどでも、冷静なときとは異なる判断をすることが確認できている。

人間の人格は完全に統合されているわけではなく、複数の自己が寄せ集められていると考えて方が近いのかもしれない。

先延ばしの問題と自制心

人は目先の利益を未来の利益より高く評価し、目先の苦痛を未来の苦痛より高く評価する。放っておけば面倒なことは先延ばしされてしまう。

学生に3回のレポート提出を義務付け、その締め切りを3パターンで比較した。

①3つを学期末までに出せばよいとした場合
②3回の締め切りを任意に設定させた場合
③3回の締め切りを強制的に決めた場合

この場合、締め切りのない①の成績が最も悪く、③が一番良い成績だった。だが学生が自主的に締め切りを宣言しただけの②でも、①より格段に良い成績だった。自由を制限せず自主的に宣言するだけでも、先延ばしを防ぐ効果があることがわかった。

高価な所有意識

人は既に持っているものの価値をより高く評価する。

ある実例で、バスケットの試合のチケットを入手できなかった人に、いくらなら買いたいかと聞くと170ドル程度、入手できた人にいくらなら譲るかと聞くと2400ドル程度と10倍以上の差が開いた。百人以上に聞いても、売手の最低価格が買手の最高価格にあうことは1例もなかった。

人は既に持っているものに惚れこみやすく、実際の価値より高く評価しがちだ。また、得るものより失うものにより注目してしまう傾向がある。さらに、取引相手の視点も自分と同じだと考えてしまいがちだ。

これを利用し、無料期間などで一度顧客に「所有」させることで、手放したくないと考えさせる手法も使われている。

扉を開けて置く

選択の自由を重視しすぎて合理的な判断ができなくなる。

例えば自分の子供がどのような道に進んでも良いように、ピアノと語学と武道と何でも習わせようとする。将来の選択肢を確保するためだが、逆に一つのことに秀でる機会を放棄しているともいえる。

どのデジカメを買うか悩む3か月間の間、子供の成長を撮り損ねたことは大きな損失だ。どちらのカメラを選んでいてもそれなりに満足したはずで、その選択で起こりえた違いより、3ヶ月のロスの方が大きかったことが、後になると理解できる。

選択肢を失うことに恐怖を感じる傾向があることを理解しておくべきだ。

予測の効果

人は予測した通りものを手に入れる。

普通のビールと、ビールに酢を数滴たらしたものの比較実験を行った。

飲む前に説明を受けた人は酢入りビールを「不味い」と評価した。一方、説明を受けなかった人は、どちらの評価も変わらなかった。さらに、飲んだ後で、味を評価する前に説明を受けた人も、二つの評価は変わらなかった。

実際の経験ではなく「不純物が混じったものは不味そうだ」という予測が、感じ方に影響している。

プライミングと呼ばれるレッテル効果も予測が影響を及ぼす例だ。

「アジア系アメリカン人は数字に強い」「女性は男性より数字に弱い」という二つのイメージが確立しているところで「アジア系アメリカ人女性」を対象に実験をおこなった。

事前の質問で「アジア人であること」に注目させた場合の成績は良好だったが、「女性であること」を意識させた場合の成績は低かった。

違うレンズを通して見ている人が共通の理解をすることは難しいが、誰もが先入観を持っているということを自覚することは必要だ。

価格の力

プラセボ効果は絶大だ。

ある実験で、1錠2.5ドルの鎮痛剤だといって処方された方が、1錠10セントだといわれたものより効果が高かった。(実際にはどちらもただのビタミン剤)

また「勝負力を高める」と謳う栄養ドリンクを使ってテストをした実験で、ドリンクの有無で差は出なかったが、効能を高らかに謳う説明文を読むかどうかで大きな差が生じた。

プラセボには確かに効果があるが、その機序は完全には解明されていない。効能をうたい高い値段を付けることに倫理的問題はあり得るが、一方で確かな効果があるという側面もある。

不信の輪

人は企業広告などに対して根深い不信感を抱いている。

スピーカー評価の実験で、メーカーが用意した説明を呼んだ被験者は音質を低く評価した。一方、まったく同じ説明を偏りのない雑誌から得た場合、評価ははるかに高かった。

信頼を得るのには時間がかかるが、信頼があれば取引に関わるコストを下げることができ双方に利益がある。信頼は実体感のある重要な公共財であると言える。

品性について

人は正直であることを大切にしているが、小さな違反行為が自分の正直さに跳ね返ってくるとは考えない。

試験の成績によってお金を払う実験で、意図的にズルができるよう誘導すると一定割合でズルが発生した。これはズルが発覚しやすい状況か否かにはほとんど関係なかった。一方、現金の受け渡しではなく、引換券を使ってワンステップかませた場合、ズルをする割合と程度が格段に上がった。

ビジネス界でも現金を伴わない場合に、より大きな不正が行われている。

感想・考察

人間は自分が思っているほど合理的ではない。それ自体は避けることはできないが、不合理な選択をしてしまうことを自覚しておくことが大事だという。

「行動経済学」という切り口だが、自分の行動がいかに不合理であるかを知り、そしてそれが予測可能であることを知ることは、経済活動以外の生活全般に有益だと思う。

学術的な内容だが、アプローチは多くの実験例を中心とした具体的で分かりやすいもので、ユーモアも交えて楽しく読める。多くの人に、ぜひ一読を勧めたい本だ。

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