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横浜駅SF

ネタバレ解説『横浜駅SF』

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あらすじ-ネタバレ

自己増殖する「横浜駅」と、そこで管理される住人達。
駅の外に暮らすヒロトが、エキナカに入り込み冒険を繰り広げる。

[主要登場人物]
三島ヒロト:駅の外の九十九段下にで暮らす青年。
教授:20年ほど前に九十九段下に来た男。
東山:横浜駅の支配に反抗する「キセル同盟」のメンバー。
ネップシャマイ:JR北日本のアンドロイド。エキナカで調査活動をする。
ユキエ:JR北日本の技術者。
二条ケイハ:甲府で機械修理業を営む。「キセル同盟」のリーダー。
久保トシル:JR福岡の技術者。
ハイクンテレケ:JR北日本のアンドロイド。四国で諜報活動をしていた。

数百年まえの「冬戦争」の後、横浜駅は自己増殖を始めた。「構造遺伝界」とよばれる構造の自己増殖が繰り返され、今では本州の大部分が横浜駅に覆わている。本州の外では北海道と九州、四国が横浜駅の浸食に抵抗していた。

横浜駅内の住人は Suika と呼ばれる生体埋め込み型認証措置により、経済活動や位置情報などを管理されていた。
Suikaを埋め込むためには多額の費用が必要で、6歳までに埋め込むことができないと「自動改札」に排除され、駅の外に追放されてしまう。

三島ヒロトが暮らす九十九段下も、Suikaを持たない人間が暮らす駅外の土地だった。そこで住民たちは、駅から廃棄される期限切れ食品などを回収して生活していた。
ある日、エキナカから追放され九十九段下にやって来た東山が、ヒロトに「18きっぷ」を渡す。これはSuikaを持たない人間でも5日間だけエキナカに滞在することが許されるものだった。東山は「横浜駅の支配に反抗する『キセル同盟』のリーダーを助けて欲しい」とヒロトに頼んだ。
そして、ヒロトが駅に向かう直前、20年前に九十九段下にやってきて「教授」と呼ばれていた老人が「42番出口を目指せ」と伝えてきた。

エキナカに入ったヒロトはエキナカでカレーを食べるが、Suika以外の物理通貨が通用せず無銭飲食として留置所に閉じ込められてしまう。
夜になり留置所にネップシャマイという青年が現れる。彼はJR北日本が派遣した諜報用の生体型アンドロイドで人間に近い見た目をしていた。また彼は「構造遺伝界キャンセラー」と呼ばれる装置で、横浜駅の構造を察知されることなく消滅させた。
ネップシャマイは有効期限後に「18きっぷ」を譲り渡すことを条件に、ヒロトを留置所から解放し助けた。ヒロトは「キセル同盟」のリーダーがいる可能性が高いと思われる内陸部の大都市「甲府」に向かうことを決める。
途中ネップシャマイは駅員に撃たれてしまうが、主記憶を表示装置の電光掲示板に移した。横浜駅の浸食をまのがれた超電導リニアモーターカーを利用して甲府に向かうが、その途中でバッテリー切れとなりネップシャマイは反応をなくしてしまった。

甲府に辿り着いたヒロトは、ネップシャマイに電源供給できるところを探すうちに、機械修理を行う「根付屋」の二条ケイハと出会う。彼女は「キセル同盟」のリーダーだった。
数百年前の「冬戦争」で頑健性の高い人工知能の開発が行われ、鉄道ネットワークを使った分散型の「JR統合知性体」が開発されていた。
「構造遺伝界キャンセラー」を見たケイハは、JR北日本が失われた「JR統合知性体」にアクセスしたのではないかと考えた。
そしてケイハはヒロトに42番出口の場所を検索させ、そこへ向かう道筋を教えた。

信州の山間に42番出口はあった。
出口の先にある小屋にヒロトが入ると、サーバが起動しモニタには「教授」の若いころの姿が映し出された。
教授はかつての「JR統合知性体」の管理者であり、横浜駅の増殖は間違いであったことを認めた。そして教授はヒロトに「横浜駅の活動を止める」ためのスイッチを押すように依頼する。スイッチを押せば数年から数十年かけ、横浜駅はゆっくりと崩壊していくという。

エキナカに暮らす人々の生活を壊す可能性にも思い至りながら、ヒロトはスイッチを押す。

その少し前、JR福岡の技術者トシルが九州を抜け出し、四国を放浪していた。そこでトシルは、少女型アンドロイドのはハイクンテレケと出会う。トシルはハイクンテレケの壊れた足を修理し、その後、横浜駅の勢力圏である本州に侵入した。

42番出口でスイッチを押したヒロトは再び横浜駅に入場した。だが「18きっぷ」の有効期限である5日間が終わり、「自動改札」に追われてしまう。横浜駅の影響を受けない「超電導リニアモーターカー」跡に逃れたが、域外に出た「自動改札」たちは本来の戦闘モードとなり、ヒロトに襲い掛かった。
だがそこに偶然通りかかったトシルがヒロトを助ける。ヒロトは超電導リニアモーターカーを起動させ、水没した名古屋跡を辿り着く。名古屋の駅外で暮らす「名古屋水軍」に救出され、そこで農業技術を習得したのち1年ほどを経てから、船で九十九段下に戻っていった。

感想・考察

「横浜駅ってずっと工事してんな」をネタにした出オチと思いきや、細かく作りこまれた「ポストアポカリプス(終末以後)」の物語になっていた。

著者は、生物には「完成形」があるわけではなく、常に流動的な状態自体こそが完成状態であるとしている。構成要素が固定したものは既に死んでいるということだ。
そして、その流動は個々の生物が主体的な意志で起こすものではなく、いわゆる「遺伝的アルゴリズム」で、変異と適者生存の繰り返しで「勝手に」起こっていくものだと考えている。

本作で主人公のヒロトは「横浜駅の増殖を止めるスイッチ」を押すか否かを悩む。スイッチを押せばエキナカに住む人々の生活を崩壊させてしまうかもしれない。一方で管理社会への反発も感じていた。
だが、管理者である教授は、ヒロトが「たまたま、そのタイミングでその立場にいただけ」だと言い、仮にヒロトが拒んでも「また、数年か数十年先に誰かがやってきて代わりを務めるだけ」だと言った。

「主体的な意志決定」は大きな流れの中では無意味で、結局は世界に流されているだけだという受け止め方が、最も現実的なのだろう。

でも、それでも、自分の頭で考え、届く限りの世界に影響を与え、間違いを繰り返しながらも物語を作り上げていくことは美しい。
そういう、逆説的な人間賛歌なのだと感じた。

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