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真実の10メートル手前

目とは、人が見たいと思っているものを見るための器官なのです。『真実の10メートル手前』

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あらすじ

さよなら妖精」で登場した大刀洗万智がジャーナリストになり活躍する短編集。時系列的には「王とサーカス」と前後する。

真実の10メートル手前
大刀洗が新聞社に勤めていた頃の話。
経営破綻したベンチャー会社の「超美人広報担当」だった早坂真理が失踪した。失踪の直前に真理は妹の弓美に電話をかけてきたが、泥酔していて居場所をつかむことができなかった。
弓美は面識のあった大刀洗に相談し、電話の会話の断片から真理の居場所を突き止めていく。

正義感
大刀洗が新聞社を辞めフリーのライターになった時期の話。
とある男が人身事故が発生した駅で、無遠慮に写真を撮りまくるマスコミ関係者らしい女性の姿を目にする。彼女はこれが「事故」ではなく「事件」だと言っていた。
彼女のあさましい態度に苛立った男は、彼女に近づいていく。

恋累心中
恋累(こいがさね)という場所で、高校生の男女が自殺した。
天体観測を趣味としていた二人は、望遠鏡を持ち込み、死ぬ前にワインを飲んでいたようだった。
女子は川岸の崖の上でナイフで刺され絶命していて、男の方はそこからから下流にある橋に引っ掛かって発見されていた。
現場にはノートに連名で書かれた遺書が残され、二人とも自殺の意志があったことは明白だったが、最後のページには乱れた字で「たすけて」と書かれていた。
その後警察から検死の結果が公表され、直接の死因は刃物による傷と崖からの転落だったが、それ以前に服毒もしていたことが明かされた。
女子の方が妊娠していたため、その兄への取材が必要だと思われが、大刀洗は二人が通っていた高校での取材が必要だと判断した。

名を刻む死
中学三年生の檜原京介は学校帰りに、近所に住む老人が自宅で死んでいるのを発見した。老人は日記に「願わくば、名を刻む死を遂げたい」と書き残していた。
大刀洗は京介に取材し「『名を刻む死』とは何だと思うか」と尋ねた。

ナイフを失われた思い出の中に
さよなら妖精」に搭乗した高校時代の友人 マーヤ の兄が、大刀洗に会うためサラエボから訪れていた。
そのとき大刀洗は、16歳の少年が姪にあたる5歳の少女を殺害したと言われる事件を取材していた。少年が少女の服をはぎ取りナイフを刺している現場を隣家の住人が目撃しており、少年自身も犯行内容を認める自供をしていることから、単純な事件だと思われた。
犯行を自供する調書の内容がリークされたことに対し大刀洗は「真実が伝わってはいけない。ジャーナリズムは見たいものを見せるべきだ」と述べ、マーヤの兄を失望させる。

綱渡りの成功例
土砂崩れで数日間家の中に閉じ込められた老夫婦が、ロープを張った川を渡って救出された。
消防団員である大庭は救出現場に居合わせ、老夫婦の無事を心から喜んでいた。そこに大学時代の先輩である大刀洗が現れ、大庭の商店が老夫婦宅に届けた商品について質問をしてきた。

感想・考察

さよなら妖精」は、日常のミステリを解いていく「古典部シリーズ」と近い雰囲気だったが、最後はユーゴスラヴィア紛争の悲劇をシリアスに描いていた。
高校生だった大刀洗真知はやがてジャーナリストとる。

大刀洗が活躍する「王とサーカス」は、ノンフィクションのドキュメンタリー的なリアリティと、フィクションとしてのミステリが織り交ぜられた傑作だった。

本作は短編集でそれぞれの事件は小粒だが、大刀洗の「ジャーナリズム哲学」がくっきりと見えてくる。

「ナイフを失われた思い出の中に」で大刀洗は「わたしたちは、人々が見たいと思っているモノを見せるために存在します。そのために事実を調整し、注意深く加工するのです」と述べている。
「名を刻む死」では、重たいスティグマを負った少年を救うため「彼は悪い人間だったから、ろくな死に方をしなかった」と、少年が望む形で決着をつけさせた。

大刀洗は「ジャーナリズムは唯一無二の真実を伝える」というのは傲慢で、「伝えることによって誰かを幸せにできているのか」が大事だと考えている。
もちろんそういう恣意も傲慢であることを認識していて、綱渡りのようなもので必ずしも成功例ばかりではない、とも言っている。

ジャーナリストの使命が何なのかは、簡単に決着がつくものではないだろう。
だが米澤穂信氏は、少なくともクリエイターとして「人を幸福にするものを伝えること」が大事だと考えているのだと思う。

「さよなら妖精」と「王とサーカス」が大好きなので、このシリーズの続編が待ち遠しい。

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