時間は存在しない
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要約
「ループ量子重力理論」を唱える物理学者カルロ・ロヴェッリによる「時間」の考察。
時間の流れは一定ではない
重力の相対速度の影響で時間の進み方は変化する。
平地と山頂では時間の進み方が違うことは確認されている。
時間は「単一性」を失っている。
時間は過去と未来を区別する方向性を持たない
一般的な感覚としては「過去と未来は別物」だが、物理現象は時間の進み方の方向性を持たない。
熱力学第2法則でいわれる「エントロピー増大」は、時間の経過にともない変化するように見える。
だが「何を秩序として着目するのか」によってエントロピーの見え方も変わる。
例えばトランプの「赤・黒」に着目した場合と「数字」に着目した場合で、見え方も変わる。
「過去にエントロピーが低かった」のは、そのような着眼点でみているから。
地球上で太陽の動きを見ているだけなら「太陽が地球の周りを回っている」という認識に矛盾は生じないのと同じ。
「現在」と特定できる時刻は存在しない
たとえば10光年離れた人が「今」なにをしているか、という問いは意味を持たない。観測することができる10年前の姿が「今」ではないし、観測できてから10年後の相手が「今」であるともいえない。
「現在」は宇宙全体には広がらない。
世界はモノではなく、出来事でできている
基本方程式に「時間」という量は含まれていない。
事物は「存在」するのではなく「起きる」
「事物が互いに対してどう変化するか」という関係性で表現される。
感想
時間は確固たる実体として存在するものではない。
過去から未来という方向性も、原因があって結果があるという因果律も、人間の主観から「そう見える」というだけなのだ、というのは納得しやすい。
地球上のある地域で一生を過ごした人にとっては「太陽が地球の周りを回っている」というのが「主観的にみた事実」で、それで実生活上なんら問題はない。
「過去から未来という時間の方向性」や「原因から結果という因果律」も、「その主観的位置にいるから」そう見えているだけなのかもしれない。主観レベルでは矛盾はないので、実際に困ることはない。
ただ、「主観の範囲」が固定されていたことに気づいたことで、天体の運行の見方が広がったように、時間についても認識が拡張されていくのだと思う。
やがて実生活に活かされていくのだろう。
惜しむらくは、経験上の実感との距離がありすぎて、完全に理解することが難しい。いろいろな見解をみながら、頭を柔軟にしていこう。