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ヒポクラテスの誓い 法医学ミステリー「ヒポクラテス」

ヒポクラテスの誓い 法医学ミステリー「ヒポクラテス」

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あらすじ

研修医の栂野真琴は、法医学の権威 光崎藤次郎、死体マニアのキャシーの指導を受ける。死体が語る言葉が真実を浮かび上がらせる。5編の連絡短編集。

  • 生者と死者

最初の事件は河川敷で死んでいた男性。

警察の検視官は「酒に酔って眠り、そのまま投資してしまった」と判断したが、捜査一課刑事の古手川は光崎に司法解剖を依頼した。

光崎は「既往症のある人間の変死体」が発見されたら連絡するよう古手川たちに依頼していた。

遺体の近くに焼酎のボトルがあり、口腔内にアルコールが残存していたため、泥酔したものと判断されたが、光崎は納得しなかった。

解剖の結果、隠された死因が発見される。

  • 加害者と被害者

交通事故を起こした男性の幼い娘から、光崎の法医学教室に直接連絡が入った。
男性の運転する車と衝突し、自転車に乗った女性がなくなった事件だった。

男性は「自分は急ブレーキをかけて停止しところに、相手の自転車が衝突してきた」のだと主張していたが、亡くなった女性が自殺する理由もなく、男性の過失による事故だと判断されていた。

光崎たちは遺体の解剖を提案したが、亡くなった女性の両親は、娘の遺体が更に切り刻まれることを嫌悪し、遺体の提供を拒否した。

栂野たちは「娘の身体が残した最後の言葉」を聞くために、解剖を許可してくれるよう交渉していく。

  • 監察医と法医学者

ボートレースの競技中、選手の一人が壁に激突し死亡した。

選手の家族は「操作ミスによる事故など信じられない」と主張したが、衆人環視の中での出来事でもあり、単純な自己として処理された。
だが、監察医の書いた解剖報告書を読んだ光崎は「あまりにも稚拙な内容」だといい、改めて自らの手で解剖を行うこととした。

  • 母と娘

真琴が内科で研修をしていたとき、高校時代の友人柏木裕子がマイコプラズマ肺炎で入院してきた。

退院して在宅治療となった後も、真琴は定期的に裕子を見舞っていた。柏木家は母子家庭だったが、母親は働きながら献身的に看病する姿を見せていた。

ある日、裕子の容態が急変し病院に運ばれた。懸命の処置にもかかわらず、裕子は命を落としてしまう。

光崎は解剖を希望したが、母親は娘の遺体に傷つけられることを拒否し、友人でだった真琴も心情面から母親を説得することはできなかった。

真琴はキャシーに「公私混同」を責められた自己嫌悪に陥る。
真琴の母から「裕子ちゃんがどちらを望むのかだけを考えればいい」といわれ、解剖に協力することを決意する。

  • 背約と誓約

腹膜炎を患った少女紗雪は、虫垂炎の影響で炎症が再発し再入院してきた。

紗雪は真琴が研修医として最初に担当した患者だったこともあり、その後も交流が続き、病院内でも親しく会話をする仲だった。

ある日、紗雪の容態が急変し死亡してしまう。

真琴は紗雪の遺体を病理解剖することを提案したが、両親からは拒否されてしまう。調べると彼女のカルテや検査記録などのデータがすべて抹消されていた。

感想

中山七里さんの作品には「職業ミステリ」系の話が多いが、どれも高いレベルで良く調べられている。

警察はまあ普通として、弁護士やピアニスト、作家から福祉職員、果ては総理大臣まで幅広い。今回も検視官、解剖医というやや特殊な世界を扱っているが、ちゃんと調べられているな、と思わされた。

「不審死があっても予算や工数の関係で司法解剖に回されるのは一部だけ」だという問題を提起しながら、法医学に携わる人間の葛藤を描写する。
それをミステリ・サスペンスに乗せて読者をグイグイと引き込む。

すごい作品だ。

キャシー准教授が「ヒポクラテスの誓い」について語っていた。

養生治療を施すにあたっては、能力と判断の及ぶ限り、患者の利益になることを考え、危害を加えたり不正を行う目的で治療することは致しません。
また、どの家に入っていくにせよ、全ては患者の利益になることを考え、どんな意図的父性も害悪も加えません。そしてこの誓いを守り続ける限り、私は人生と医術を享受できますが、万が一、この誓いを破る時、私はその反対の運命を賜るでしょう。

どんな患者であっても分け隔てなく最善を尽くす。

「患者」の中に死者も含めるのは中々斬新な見方だが、理解できなくはない。
死者の身体に残された声を聞くことで、死者の尊厳だけでなく、生き残った人たちのためになることもある。

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