凍りのくじら
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あらすじ
25歳の写真家の芦沢理帆子の、高校生の頃の物語。
彼女の描く光がそんなにも強く美しいのは「暗い海の底や、遥空のかなたの宇宙を照らす必要があるから」だった。
どこでもドア
理帆子は父の影響を受け藤子・F・不二雄先生と「ドラえもん」を愛していた。
藤子先生の「ぼくにとってのSFは、少し不思議のSFなのです」という言葉に触発され、出会う人を「スコシ・ナントカ」と評する遊びをしていた。
尊敬していた父は写真家として成功をおさめていた。しかし若くして病に苦しみ、ある日突然失踪してしまった。それからは母と二人暮らしをしていたが、母も病に倒れ長期の入院生活をしていた。
かつて父から「恩を受けた」という松永が、理帆子たちの生活を支えてくれていた。
高校生の理帆子は、ろくでもない男と付き合って別れた。遊び好きな友人、バカキャラの同級生や、大人しい同級生など、周りにいる人々を少し見下しながら、浮かないように上手くやっていくことができた。
どの集団の世界にも入っていける「どこでもドア」を持っていた。
ある日、図書室で本を読んでいた理帆子に、別所あきらという上級生が声をかける。別所は理帆子に「写真のモデルになってほしい」のだという。理帆子は申し出を断った。
カワイソメダル
元カレの若尾大紀に呼び出され会いにいった。
司法試験を受けて弁護士になるといい、「普通の人」を見下していた若尾は、勉強の邪魔になるという理由で理帆子を振った。だが今年も試験に落ち理帆子とヨリを戻したいように見えた。
理帆子は若尾と一緒に食事をしていて、彼の異常性に気がつく。
パチスロの景品のお菓子を溜めて大事そうにプレゼントにしたり、偶然会った理帆子の友人の親しげな対応に「失礼だ」とブチ切れたり。
理帆子は若尾の誘いを逃れ、母の見舞いに行くと言って逃げ出した。
理帆子は別所に「好きな女性に贈るプレゼントを一緒に見つくろって欲しい」と頼まれ一緒に買い物に出かける。彼女はドラえもんの話を自然な態度で聞いてくれる別所に心休まる感覚を覚えた。
理帆子は別所にドラえもんの道具の話をするうち、周囲から守られて生きてきた若尾は「カワイソメダル」を持っているのだと気がついた。
もしもボックス
出版社の飯沼が理帆子の父の写真集を出したいと申し出てきた。
飯沼は母に写真の選定と構成をして欲しいのだという。
理帆子は病院で別所と会う。
別所が使ってみたいドラえもんの道具は「もしもボックス」だという。彼には「もし、あの時にこの選択をしていたら」という願いがあるようだった。
いやなことヒューズ
理帆子は友人たちから「若尾とは連絡を絶った方がいい」といわれていた。
それでも、彼が真剣になってくれることを待つ気持ちと、堕ちていく彼を眺めたいという気持ちから、理帆子は若尾からの電話を受けていた。
だが若尾の誘われ会いに行くと、髪を染め高級ブランドの服に身を包んだ彼は輝きを失い「カワイソメダル」の効力を失っていた。彼は生きながら死んでしまっていた。
翌日、大学受験に失敗し続けた男が、電車内で放火し大量の死者を出した事件が報じられた。事件の報道に若尾を理帆子は気分が悪くなり、学校を早退した。
帰路電車に乗っていた理帆子は、別所とドラえもん柄のカバンを持った男の子を見つける。
男の名前は松永郁也、理帆子たちを支えてくれている松永さんの私生児だった。
先取り約束機
理帆子は写真のモデルになることを承諾した。
「いつか弁護士になる」といって「普通の人」を見下していた若尾に、梨帆子は「先取り約束機」を思い出し、別所に話をした。
若尾にストーカー的な行為が見られるようになり、理帆子ははあらためて友人たちに警告される。
別所は「女性のストーカーには、とにかく相手が欲しくてなりふり構わなくなるパターンが多いが、男性のストーカーは自分を軽くあしらった相手を公開させたいというケースが多い」のだといい、プライドの高い若尾を危険視する。
「あんまり、人間の脈絡のなさを舐めない方がいい」と警告した。
ムードもりあげ楽団
母は一時退院する予定だったが、熱を出し取りやめになった。
理帆子は深く落ち込み孤独を意識する。自分の持っていたのはどこでもドアではなく、期間限定のオールマイティパスだったのだと知らされる。
理帆子は再び郁也と出会う。
彼の世話をしている家政婦の多恵は、理帆子を知っていた。彼女もまた理帆子の父に世話になったのだという。
理帆子は多恵に誘わ郁也の家に行き、一緒に彼の誕生日を祝い、郁也と一緒にテレビでドラえもんを見た。その日の話は『ムードもりあげ楽団登場!』で、ドラえもんはのび太に「人間は感情の動物。嬉しいときは飛び上がって喜び、悲しければワァワァ泣け」と諭していた。
その後、郁也は理帆子にピアノ演奏を聞かせる。小学生とは思えない技術に理帆子は圧倒された。
理帆子の父はかつて郁也に言ったのだという。
「君にはこれから信じられないくらい辛く苦しいことがたくさんある。だけど我慢しなさい。君を本当に必要とする人間が現れるまで全部耐えなければならない。絶対に。そしてピアノを続けなければならない。
そうすれば、君の父は君のことを必要とするようになる」と。
ツーカー錠
多恵は理帆子と郁也にドラえもん柄の巾着を作ってくれた。
何よりも嬉しいプレゼントだった。
若尾が理帆子の友人に暴力をふるった。
理帆子は怒り、若尾に電話して怒りをぶつけた。彼がストーカー的に周囲を調べていることを知り怖さを感じる。
翌日から理帆子の言葉に怒った若尾からのメールが連日のように届いた。
理帆子の母親の容態が急変し危篤状態となった。
絶望に打ちひしがれているとき、多恵からもらった巾着を無くしたことに気づく。感極まった理帆子は郁也と多恵の前で号泣してしまう。
翌日、母は息を引き取った。
タイムカプセル
母の死のしばらく後に、母が構成した父の写真集「帆」が完成した。
母は自分で撮った理帆子の写真を写真集に載せ、亡き夫へのメッセージとしていた。
しばらく連絡のなかった若尾から電話が来た。
デパートの吹き抜けで理帆子の一つ下の2階から電話をかけていた。彼は「理帆子がどんなに間違ったことをしたのかを思い知って欲しい」といい「あの男の子と星を見てきた」のだといった。
その直後、若尾は飛び降りて流血し、記憶を失ったように振る舞う。
理帆子は若尾を相手にせず、郁也の安否を心配する。
どくさいスイッチ
理帆子は郁也が家に戻っていないことを知り、かつて若尾と「星を見に行った」場所にタクシーで急行した。
ごみ捨て場に放置された冷蔵庫の近くにドラえもんのカバンが落ちていた。固く閉ざされた扉を何とかこじ開け、中にいた郁也を救い出す。
郁也を背負って力尽き帰り道が分からなくなった理帆子を、別所あきらの懐中電灯の明かりが照らした。
四次元ポケット
理帆子と郁也は無事に帰りついた。
感想
ラストが凄まじく美しい。
ネタバレしたくないので詳しく書きたくはないが、怒涛の伏線回収と心理描写に圧倒された。
これはぜひ読んでもらいたい。
私にとってのび太がヒーローだった。
生き方のモデルでもある。
怠け者で、ときにずるくて「ダメな子供」だけど、自分を諦めず前進を続ける。肝心なところでは逃げない。自分自身の弱さを知っているから、人の弱さに対してとにかく優しい。
基本コメディマンガだからキャラはブレるけれど、それでも人を見下すことはないし、たとえ人を不幸にして喜ぶことがあっても、最後は優しさを取り戻す。
本書に登場する 別所 は、私の目には「大人になったのび太」に見える。人を受け入れる寛大さと、肩ひじ張らない飄々とした強さ。
私にはのび太のようにカッコよくみえる。
一方で、若尾は「反のび太」だった。
逃げてばかりで自分に向き合うことがない。だから他人を見下すことで相対的に自尊心を保つ。
久しぶりに『ドラえもん』を再読したいと思った。