崩れる脳を抱きしめて
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あらすじ
研修医の碓氷蒼馬が、脳に爆弾を抱えたユカリと出会う。
碓氷自身の呪縛から解放される第一章と、ユカリの幻を追う驚愕の第2章。
- ダイヤの鳥籠から羽ばたいて
碓氷蒼馬(ウスイ・ソウマ)は、神奈川県葉山町の「葉山の岬病院」に研修医として派遣される。
葉山の岬病院はターミナルケアも行う富裕層向け療養型ホスピスだった。
碓氷は脳腫瘍を患い余命数カ月しかない患者の弓狩環(ユガリ・タマキ)と出会う。
彼女は碓氷に「『ユガリ」は呼びにくいから『ユカリ』と呼んで」という。
特に料金の高い特別病室でカンバスに絵を描いて過ごしていた。
碓氷は研修医として働きながら猛烈に勉強をしていたが、病院内に集中できる環境がなかった。ユカリは自室を碓氷の勉強用に貸し、二人はお互いのことを語り合うようになった。
碓氷はお金に執着していた。
身を削る猛勉強も「実入りのいい脳外科」になるためだった。
かつて碓氷の父は、信用していた社員にお金を持ち逃げされ会社を倒産させていた。やがて「ヤクザのような男たちが取り立てに現る」ようになった。
父は借金を残したまま、愛人を作って海外に逃げ、母には離婚届を送り付けた。それからも数回にわたって「愛人と一緒に写った切手を貼った絵葉書」を封書で送りつけてきた。やがて父は山で滑落し事故死したという。
残された家を売却して「銀行への返済にあてた」が、借金は残り母一人で碓氷と妹を育てることに苦労をしていた。
碓氷は父を恨み、自分が金を稼ぐことで「復讐」しようと考えていた。
碓氷の話を聞いたユカリは、自分の死後に受け継いだ遺産の一部を渡して借金返済に充てて欲しいといい、碓氷のプライドを傷つけてしまったが、ユカリと同時期に入院し、同じように脳に障害を負っている患者 朝霧由(アサギリ・ユウ)の仲裁で、二人の仲は修復した。
ユカリは、碓氷の父の行動に不自然さを感じ、彼の行動の謎を解こうとする。
- 彼女の幻影を追いかけて
ユカリに恋に落ちた碓氷は、研修を終え葉山を離れる前に告白しようとする。
だがユカリは「私は幻」だといって彼の告白を避ける。環という名前で呼ぶことさえ拒否した。
広島に戻った碓氷は同僚の榎本冴子(エノモト・サエコ)に発破をかけられ、改めて彼女に告白するため葉山に向かおうとする。
だが出発直前、弁護士の箕輪章太(ミノワ・ショウタ)が碓氷の元に訪れる。
箕輪は「弓狩が死に、彼女の遺言で碓氷に遺産の一部が相続される」ことを告げに来た。
碓氷はユカリの死を受け入れられない。
外出恐怖症だったユカリが、葉山から離れた横浜で死んでいたことに違和感を覚え、また彼女が生前「誰かに狙われている」と言っていたことも気になり、現場まで調べに向かった。
葉山の岬病院に戻った碓氷は院長から驚くべき話を聞かされる。
自分を信じられなくなった碓氷だったが、かつての担当患者からの「自分を信じろ」助言を受けて、調査を継続した。
やがて「弓狩が書き換えようとしていた遺書」の存在にたどり着き、さらなる驚愕の事実を知った。
感想
二つのミステリが仕組まれるが、特に第二章の「ユカリの幻」の謎を追う、二転三転のどんでん返しはさすがだ。
だが本書は「ミステリ」以上に「恋愛小説」として圧巻だった。
碓氷を縛っていた過去から解放し「自分自身として生きること」を取り戻させたユカリ。ユカリの思いを受けて、大きな成長を見せた碓氷。
碓氷のユカリへの告白が熱い。
誰だって、明日まで生きている保証なんてない。
誰だって爆弾を抱えて生きている。
でもその爆弾に怯えていたらなにもできない。
だから、僕たちは一日一日を必死に生きていくことしかできない。
あなたに残された時間を僕に下さい
あなたの爆弾を、僕に抱きしめさせてください。
本当は誰との関係も「これが最後かもしれない」一期一会なのだけれど、今日と同じ明日が続くと思うから緊張感なく過ごしている。
そんな緊張感をずっと持ち続けていたら疲れてしまうし、リラックスした関係だって大事だ。だけれども、今日が奇跡であることを忘れてはいけない。
著者が医者なだけあって「人の死」を身近に感じているのだろうか。
一日一日を大切に生き、触れ合う人を大切にしようと思わされる話だった。
やっぱり名作だ。