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叙述トリック短編集

嘘を嘘として楽しめる人でないと(ミステリを読むのは)難しい『叙述トリック短編集』

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嘘を嘘として楽しめる人でないと(ミステリを読むのは)難しい。

タイトルでも表紙でも「読者への挑戦状」でも、叙述トリックであることを明言して正々堂々と勝負しにきている。

叙述トリック好きの自分には「どストライク」で、最高に楽しめた。



ちなみに叙述トリックというのは、作者が読者に直接仕掛ける「トリック」だ。

普通のミステリでは、犯人が警察や探偵を騙すためのトリックを描く。
とくに「本格ミステリ」と呼ばれるジャンルでは、読者は作者が提示した手がかりを客観的な視点から見て謎をとく「論理ゲーム」が展開される。

一方、叙述トリックは、作品世界の中ではなく、読者を直接騙しにくるメタ的なミステリだ。

とはいえ、あからさまな嘘を書かれてはアンフェアで楽しめない。そこには明確なルールが存在する。

「事実に反することは書かないけれど、本当のことを全ていう訳ではない。提示する部分の選択や順番で、読者の受ける印象を操作する」という、まあ、マスコミとかで普通に使われている手法だ。

それによって、読者に意図的に「勘違い」を起こさせる。いくつか例を挙げてみよう。

・年齢の錯誤
 例:明らかに怪しい人物が容疑者から外されている。最後に赤ん坊だと判明

・性別の錯誤
 例:女性名は偽名で実は男性。男じゃなきゃできない事件の犯人だった

・人物同一性の錯誤
 例:同じ人物じゃなく、同名の別人だった
 例:別人じゃなく、あだ名と本名で実は同一人

・時間軸の錯誤
 例:去年と今年の話じゃなく、並行してた
 例:章ごとの順番じゃなく、逆だった
 例:ギリシア時代じゃなく、現代の演劇だった

・場所の錯誤
 例:VRの中の話だと思いきや、現実世界だった

・存在の隠蔽
 例:4人いるのに、3人しか言及されていない

・語り手が犯人
 例:状況記述するが、自分の犯行は言及しない

などなど。
ミステリ好きな方であれば、それぞれパターンの話がすぐに思いつくだろう。



個人的に叙述トリックものは大好き。

予備知識なく読んだミステリにうまい叙述トリックが仕掛けられていたときは、とくに嬉しい。完全に騙されたときは爽快な気分になる。

話の展開から叙述トリックのパターンにはまり「あれ?これってそれっぽくない!?」と気づく瞬間も楽しい。

というわけで、叙述トリックは「叙述トリックが使われていること」自体が重大なネタバレとなるので、話をするときも細心の注意が必要。

「面白い叙述トリックの話ない?」なんて聞かれてしまうと答えに窮する。

そんな中で、本作のように正々堂々と叙述トリックを公言している作品というのは稀有。

「叙述トリックが読みたい」という人に躊躇なく勧められる一冊だ。


一方、叙述トリックを不快に感じる人もいるようだ。「騙された、アンフェアだ」と感じる気持ちもわからないでもない。

私のように汚れた精神の持ち主は「人は本音を語ったりしない」と思っているから、嘘があるのは当たり前だと感じている。

「嘘はつかないけど、本当のことを全部話さない」みたいなお約束がある叙述トリックはまだ優しい。

現実世界では「あからさまに事実と反する嘘」も飛び出すこともあり、難易度はずっと高い。

それも含めて「嘘は嘘として楽しむ」ような精神の図太さがあると、人生は割と楽しい。のだと思う。


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あらすじ

ちゃんと流す神様
詰まっていたトイレがいつの間にか直っていた怪事件。トイレ設備マニアの別紙が謎を解く。

背中合わせの恋人
ブログに上げられた写真を見て撮影者に恋心を抱いた男子大学生と、コミュ障の自分を救ってくれそうな男性に恋した女子大生。写真同好会で起きた小さな事件をプリンタマニアの別紙が解き、二人のすれ違う恋を結びつける。

閉じられた三人と二人
仲間を殺したのが誰か、嵐の山荘に閉じ込められた3人はお互い疑心暗鬼に陥っていた。椅子マニアの別紙は真相を見抜く。

なんとなく買った本の結末
バーテンダーの別紙は、アルバイト女性からとあるミステリ小説の話を聞かされ、その隠された謎を解き明かした。

貧乏荘の怪事件

学生街の安アパートで中国人留学生が隠し持っていた海参が盗まれた。ドアの軋む音マニアの別紙は事件の謎を解く。

日本を背負うこけし
引退した大物与党議員が別紙探偵事務所に「日本の未来にかかわる」という依頼を持ってきた。各地にある彫像などに悪戯するHEAD HUNTER と呼ばれる人物を捕まえて欲しいのだという。
別紙は、次は東北にある巨大こけしがターゲットになるといい張り込みを行う。

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