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甘美なる誘拐

甘美なる誘拐

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私は誠実に生きてきたお父さんの晩年を、そんな寂しいものにしたくない」
小さな会社を愚直に守ってきた父をみる、娘 菜々美の視線が感動的です。

チンピラたちが目撃した殺人事件、零細部品業者に仕掛けられた陰湿な罠、新興宗教教祖の孫娘の誘拐、視点を次々と変えながら、いくつかの事件が交錯していきます。

殺人事件の部分には「犯人当てミステリ」の要素も若干ありますが、それよりも「コン・ゲーム」的な騙し合いがメインとなる話でした。

複雑なプロットをすっきり読ませながら、ラストのオチをしっかり決めてきます。すごい文章力。


個人的に興味深かったのが「誘拐」の描写ですね。

タイトルに『甘美なる誘拐』とある通り、誘拐犯と被害者が徐々に好意的な関係を築いていきます。いわゆる「ストックホルム症候群」というヤツなのですが、この描写がなかなか不気味。

被害者側が犯人に好意的になるのは「自分の身を守るため」でもあり理解しやすいものです。

でも同時に、長期間の共生は犯人の心も被害者に近づけていく。そこが「決定的にヤバい」と感じました。

会社と従業員とか家族関係だとか、世の中には誘拐と同じように「力関係が対等ではない関係」が溢れています。

立場の弱いものが強いものを好意的に捉えるのは、虐待を受けた子供がそれでも親を愛するように、自分を守るための反応です。でも虐待をする親の方が子供に共依存していくのはヤバい。極めて抜け出しにくい関係になってしまいかねません。

実際は搾取されているだけの関係でも、本気で自分に好意を向ける人、愛情を注ぐ人との関係をドライに割り切ることはできません。

本気で愛されていると感じるからこそ抜け出せない。この小説ではその辺の共依存関係が、私にとっては、ホラーよりも恐ろしくみえました。

あらすじ

暴力団組織麦山組の末端のチンピラ、市岡真二と草塩悠人は兄貴分である荒木田にこき使われていた。

ある日、借金のため金貸し稲村の家を訪れた真二と悠人は、そこで稲村が死んでいるのを発見する。自分達の分を含め借用書を何枚か奪ったが、後から来た客人が来たため、来訪者を殴り倒して慌てて逃げ出した。

稲村から金を借りていた真二と悠人は容疑者として警察の聞き取り調査を受ける。何も知らないふりをしたが、現場周辺のパレードで写真に写ったり、宝くじを買っていたりと、その場にいた証拠を残しまくっていた。


その頃、自動車部品の販売を行う植草部品店が、再開発の煽りを受け立ち退きを迫られていた。父の浩一と娘の菜々美ふたりだけの小さな会社だったが、今から別の場所で商売することも難しく店舗の売却を渋る。

立ち退きに応じない植草親娘に暴力団関係者が嫌がらせを行い顧客を奪っていった。やがて親娘は策略にハマり、経営を続けられない状況に追い詰められる。


真二と悠人は新興宗教教祖の孫娘、長尾春香を誘拐するよう指示された。

強力なボディーガードに守られる春香を誘拐するため真二たちは緻密な計画を立てる。だが予想外の事態が起き、誘拐犯と被害者の中途半端な共生関係が始まった。

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