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本の読み方 スロー・リーディングの実践

本の読み方 スロー・リーディングの実践

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要約

「スロー・リーディング」でも必要な本は十分に読める。
量を追う「貧しい読書」から、質を目指す「豊かな読書」への転換を提言する。

  • 量から質への転換を

やみくもに量をこなそうとする「速読」を否定し、一冊の本に時間をかけゆっくり読む「スロー・リーディング」を提唱する。
作者の意図を正確に理解し、その上で自分なりの考えをしっかりと巡らせることで、読書は個性的な体験となる。

現代では流通する情報量が圧倒的に増えているが、その分知的に豊かになったとはいえない。それぞれの本と対話しながら、より「深く」読んでいく方がえるものが多い。

速読で得た表面的な知識は、体についた「脂肪」のようなもので、動きを邪魔してしまう。スロー・リーディングで身につけた「思考の深み」は、仕事でも役に立つし、他者とのコミュニケションも豊かにする。

モンテスキューは『法の精神』を書き上げるのに20年を費やしたという。
自身も遅読家で、遅筆家である作者は「モンテスキューほどの知性の持ち主が、長い年月を費やして考えたことを、速読で読もうとするのは、フルボディーのボルドーワインを一気飲みするような下品な行為」だという。

  • 魅力的な「誤読」のすすめ


作者の意図を正確に理解する姿勢は大切だ。

とくに助詞や助動詞には気を配るべき。
「速読でも理解率は70%」などといわれるが、助詞や助動詞を軽視する読み方だと、「である」のか「ではない」のかなど、文脈上決定的な部分を読み飛ばしてしまう可能性があり危険。

また、使われている言葉を正しく理解するために、辞書を引く癖をつけるのも良い。なんとなく分かった気になって、誤解をしているケースも意外と多い。

一方で作者が「読者の自由な読み方」を想定している部分もある。

論旨を把握できないとか、単語の意味を取り間違えるなど、作者の意図を取り違えるのは「貧しい誤読」
これに対し、作者の意図を理解した上で、自分なりの考えを巡らせ新たな解釈をしていくのは創造的な行為で「豊かな誤読」だといえる。

「豊かな誤読」に必要な読み方として、以下のような‘ポイント上げる。
・「なぜ」という引っ掛かりから「どうしてなのか」を考える。
・脳のワーキングメモリは小さいことを自覚し、必要なら戻って読み直す。
・「より先」に進むのではなく、「より深く」潜るようにする。
・人に説明するつもりでポイントを拾い考えを深めていく。
・同じ作者の違う作品など、複数の本を比較してみる。
・傍線や印をつけ、論理構造を明らかにしながら読んでみる。

声に出す音読は「理解を深める」という観点からは進められないとする。また、文章を丸ごと書き写すのも、書く行為自体に集中してしまい文章を味わえないとして、理解を深める目的では推奨しない。

  • 古今のテクストを読む

いくつかの本をあげ「スロー・リーディング」の実践を解説する。

① 夏目漱石『こころ』
・疑問文は「作者が説明したいこと」のポイント
 「先生とはいったい誰の事だい?」という兄の疑問から、読者に説明したいことが導かれている。

・「違和感」で注意を喚起
 「イゴイストはいけないね」という一文は、流れの中で唐突感があるが、これは読者の注意を引きたいときに、敢えて使われている。

・時代背景や5W1Hを意識
 本作品を理解する上で、明治から大正にかけてという時代背景が大きな意味を持っている。


② 森鴎外『高瀬舟』
・不自然さによる注意喚起
 ここでも、年上の役人が年下の罪人に敬語を使うことで違和感を出し、その後に、肩書きを超えた「一対一の人間としての会話」が始まることを示唆する。

・考える枠組みのガイド
 読者が「安楽死」というテーマを考えるため、思考のノイズとなる要素を慎重に排除している。兄が弟の自殺を幇助するのだが、「兄弟以外に利害関係者はいなかった」、「兄弟関係は極めて良好」、「長い病床の末の絶望で、突発的感情ではない」など。

・感情の踊り場
 「死んでいる弟の顔をただ見つめた」という「放心」の描写は、読者に「感情を埋める」余白を作っている。


③フランツ・カフカ『橋』
・書き出しの一文に着目する
 「私は橋だった」という意味不明感が読者を惹きつける。この違和感を大切に読みするめる。

・形容詞、形容動詞、副詞に注目する
 「冷たく硬直して深い谷にかかっていた」という表現は、活動的でなく「死」につながるイメージがある。形容詞などは、作者がどのような世界を描こうとしているのかを掴むヒントとなる。

・大胆な解釈を楽しむ
 小説の読み方に「正解」はない。誤読を楽しむ。

・感想は更新される
 自分の感想を過信し過ぎないことも大切。読むたびに感想がかわるのは自分が変わり続けているから。

④ 三島由紀夫『金閣寺』
・思想の対決としての会話
 対話を通じて対決するタイプの小説もある。

⑤ 川端康成 『伊豆の踊り子』
・主語の省略に注意
 味わいのある表現のために、周りくどい主語は省略されることも多い。誤読を防ぐため、助詞や格助詞に注意する。

・一人称に注意
 一人称で語りながら、他者の心の動きを断定することもある。文脈を読み違えないように。(ミステリでは叙述トリックだったりするけど)


⑥ 金原ひとみ『蛇にピアス』
・他作品との比較
 谷崎潤一郎の『刺青』と比較し、同じ肉体改造というテーマを扱いながら、時代背景やプロットの違いなどから生まれている違いに着目している。

⑦ 平野啓一郎『葬送』
・イメージの重層性
 優れた比喩表現は表面的でなく、重層的。

⑧ ミシェル・フーコー『性の歴史Ⅰ 知への意思』
・「通説 → “しかし“ → 著者自身の主張」という流れ
 ただ自分の主張を述べるだけでなく、相手の主張を理解していることを示した上で、「しかし」私はこう思う、とする方が、相手に受け入れられる。

感想

「本をたくさん読みたい」という気持ちがあると、スピードに目が向く。
本当は「量×質」が大切なのだろうが「読まなきゃいけない」という気持ちになると、スピードの方に目が向いてしまう。

より速く読むためのアドバイスは多々あるが、より深く読むためのヒントとして、本書は有益だった。

まずは「作者の意図をできるだけ正確に読み解く」
その上で「自分なりの考えを広げていく」
どちらが欠けてもいけない。
そうした「個性的な読書」は、自分の血肉になっていくという考えだ。


ただ一方で、ある程度の量を読むことで、考えるためのベースを身につけたり、相対化するだけの幅を広げることもできるのだと思う。

本の世界で生きている作家であれば、ゆっくり読んでいても相当の数を読んでいるはずだ。考えるベースや相対化できるだけの知識の土壌はあるのだろう。

反面、本に関わりの薄い生活を送っていると、周囲に文字情報は溢れていても、まとまった思考に触れる機会は本当に少ない。量を意識することも必要だ。


「たくさんの本をより深く読みたい」と思っている。

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