池上彰の世界の見方 中国・香港・台湾
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要約
池上彰氏の中学生向け講義をまとめた書籍。
中国と香港・台湾の現状と歴史を分かりやすく解説している。
台湾の分断
日清戦争の結果、1894年に台湾は日本の植民地となり、日本軍による弾圧や日本語使用の強制など受け、当初は強く反発した。
だが台湾総督として送られて後藤新平や新渡戸稲造らが、現地教育レベルを高めるため大学を作ったり、ダム建設などの技術も日本から移管するなど、現地住民の生活水準向上にも貢献した。
第二次世界大戦後に台湾は中国に返還された。その後の国民党と共産党による内戦の結果、国民党が台湾に逃れ中華民国政府を置き、共産党が中国大陸で打ち立てた中華人民共和国と対立する。
国際社会は当初台湾の中華民国を中国代表とみなしていたが、実態に合わせ中華人民共和国が中国であると認識するようになってきた。
例えば日本の場合「中国が台湾が不可分の領土と主張していることを、日本側としては十分理解している」というような高度に政治的(=あいまい)な表現ではあるが。
現在でも中華人民共和国は台湾を自国領土の一部と認識しているが、台湾側は独立国として振る舞っている。
香港の分断
アヘン戦争の結果、1842年に香港島がイギリスの植民地となった。その後段階的に九龍沿海部も植民地化され、さらに1989年に九龍北部=新界が咀嚼される際に99年間の期限が設けられた。当時の合意は遵守され1987年に香港全土が中国に返還された。
香港が中国に返還される際、その後50年間は「一国二制度」を採用することを決めた。国防と外交は中国大陸政府が担うが、通貨・税制・法律などは香港の自治に任され、資本主義経済体制も維持することが認められた。
だが2010年代半ばから、香港自治に対する中国大陸政府の干渉が強まっており、それが雨傘革命などの反対運動に繋がっている。
中国の共産党独裁
日本などの立憲民主主義では、国民が主権者であり政府の活動が国民を害することの無いよう憲法によって制限されている。
だが中国では憲法の上に共産党があり、軍も司法や行政も共産党の指揮下にある。共産党以外の政党も存在するが、それらも共産党指揮下で事実上は一党独裁の体制。
共産党総書記(しばし国家主席と兼任)が最高権力者となるが、選挙による選出ではなく、大衆の意向に左右されることなく政権運営を行っている。
当初、中国共産党はソ連を手本に社会主義経済を導入し、毛沢東の「大躍進政策」で強力に促進されたが、農工業の生産が低下し深刻な経済危機に陥った。
その後、実利主義的な鄧小平たちが開放政策で海外の資本を受け入れ資本主義的な体制を一部導入し、経済を立て直した。
以降急速な経済発展を迎え、現在ではアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国となっている。
だが、安価な労働力が枯渇し、長らく続いた一人子政策による急激な高齢化の影響もあって、成長ペースが落ち始めている。
ひまわり革命と雨傘革命
中国と台湾は政治的には対立しながらも経済的には共存関係にあった。
だが2014年に中国-台湾間の市場開放を目指す「サービス貿易協定」の締結が勧められると、台湾では学生を中心とした反対運動が起きた。
結果的に「サービス貿易協定」の締結は見送られ、この運動は「ひまわり革命」と称された。
ほぼ同じ時期、香港で導入される行政長官選挙制度が、普通選挙を謳いつつ候補者は中国政府が認定した人だけで実質中国の管理下となることが分かり、これに反対する運動が香港の学生を中心に起こった。
だが「雨傘革命」と名付けられた活動は成果を上げることなく失敗してしまう。
台湾の場合は台湾政府が決定権を持っていたが、香港の場合、実質的権限は香港政府ではなく中国大陸にあり、香港政府に対してどれだけ圧力をかけても意味がなかったという解釈をしている。
中国の外交戦略
中国は14~17世紀の明の時代に、東南アジアからアラビア半島やアフリカまで交易対象としていた。現在の「一帯一路」政策はその時期の活動範囲を取り戻そうと考えている。一方で新疆など国内での民族問題も抱えている。
感想・考察
最近の香港と中国の関係について、少し考えてみたい。
まず中国側の考えはよく理解できるが、問題も多いと思う。
中国にとってみれば香港は国の一部という認識だし、そこで起きる反権力運動を阻止するのは当然のことだろう。そこにアメリカなどの外国が関与しようとするのであれば神経質になるのも理解できる。
日本でも内乱罪や外患誘致罪は極めて重い罪だし、中国の反応が過剰であるとは思わない。
だが、中央集権的な体制を維持するために、民主的制度やその前提となる情報公開を制限しようとしていることには限界が来るのではないかと思う。
中国は国土も広く、13億以上の人口と50以上の民族を持つ。大衆に左右される民主的体制では国家運営できないというのが本音なのだろう。
実際に中国の一部地域が経済発展を牽引することで、格差はありつつも中国全土が豊かになっていることは間違いない事実だ。
しかし、権力が集中する仕組みや、それを監視するできない仕組みには、大きなリスクがある。
習近平主席は極めてバランス感覚の高い優秀な人間なのだと思う。
だが、彼がどれだけ優秀であっても一人の人間が永遠に権力の座にとどまることはできない。彼の作ったポジションにバランス感覚に欠ける人間が就いたとき、大きなリスクが生じる。
また現実的な視点からみて、情報技術の進展やグローバルな交流の拡大を考慮すれば「言論の統制」は無理ゲーになっていくのも間違いないだろう。
現在の中国は、次世代を見据えた準備を進める義務があるのだ。
視点を移して香港の状況を考える。
香港人の立場からすれば、中国の管理下となって「言論の自由を奪われてしまう」という政治的な怖れがあるのは間違いない。
だが、香港での反対運動がここまで拡大したのは「香港人の中国人に対する感情的レベルでの反感」が根っこにあったからだ。
中国マネーによる不動産投機で、香港内の住宅価格は異常なレベルになっている。「中国の金持ちのせいで香港人が一生働いても狭い家も買えない」という恨みがつのっている。また金持ち中国人の越境通学で香港人の子供が通える学校が制限されたり等々、香港人は中国マネーの横暴さに強い不快感を持っている。
そういう感情的反感が、政治的反対運動が一気に燃え広がる土壌となっているのだ。
中国政府は、まず香港人の感情的反感を宥めることから始める必要があるのだと思う。香港住宅事情改善への支援や、香港の物価を狂わせるような投機の制限などを行いながら、香港人のプライドを回復させるのがまず第一だろう。
その上で、民主主義的な体制や、その前提となる情報公開や言論の自由については、最善手を考えていくことが求められる。
手綱を取るのが難しい局面だとは思うが、香港人も中国人も双方が幸せになれる解決を願ってやまない。