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横濱エトランゼ

横濱エトランゼ

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あらすじ

女子高生の広川千紗が「横浜の歴史」にまつわる小さな謎を解いていく5つの物語。
千紗は淡い恋心を抱いていた小谷善正が働く横浜タウン情報誌「ハマペコ」の編集部にバイトとして潜り込み、仕事をしながら横浜の不思議たちに出会う。

元町ロンリネス
元町にある洋装店を訪れた千紗は、店のマダムから「元町百段」の話を聞く。元町商店街の裏手から山手にかけて百段もある長い階段があり、亡くなった夫と一緒によく上ったという。
だが「元町百段」は大正時代の関東大震災で崩壊していて、マダムは年齢的にその階段を知らない筈だった。
何故マダムは、夫と元町百段の話を千紗にしたのだろうか。

山手ラビリンス
千紗はかつて取材で同行した元町のレストランを訪れていた。編集部に届いた「洋館にまつわる七不思議」の葉書をレストランのシェフに見せたところ様子がおかしい。千紗はウェブで公開されていた「洋館にまつわる七不思議」の解説漫画をみて、7つの洋館を巡りその不思議を一つ一つ解き明かしていく。
その途中で出会った女性は「過去は変えられない。過去を知ってもどうにもならない。それなのになぜ人は昔のことを知りたがるのだろう」と千紗に問いかけた。

根岸メモリーズ
千紗は友人菜々美から、曾祖父の喜助が生まれた「外国風の地名」がどこなのか探ってほしいと頼まれる。千紗が横浜の歴史に詳しいことを聞いた菜々美の祖母が、その父である喜助生い立ちを知りたいと依頼したのだった。
何とか喜助の生まれた場所を特定できた千紗だったが、今度は喜助が妻にプロポーズしたときに見せたいと言っていた場所がどこなのかを調べて欲しいという。「富士山と根岸の海が両方見える見晴らしのいい場所で、当時は入ることができなかった場所」とはいったいどこなのか。

関内キング
「ハマペコ」の大手広告主である伊勢佐木町の和食店会長が急に激高し、全ての広告出稿を取りやめると言い出した。
理由が分からず慌てる編集部一同だったが、直前の「ハマペコ」に掲載した会長のコラムの内容にヒントがあると考えて調べていく。
そのコラムは会長が二十代の頃の話で、当時憧れていた美女が「私の関内のキングが、私をパリに連れて行ってくれる」といって旅立ってしまったことが書かれていた。「関内のキング」と言えば、横浜三塔の一つ「神奈川県庁舎」を指すが、それが彼女をパリに連れていったとはどういう意味なのだろうか。

馬車道セレナード

千紗が高校を卒業し「ハマペコ」編集部での仕事も最後となるころ、アメリカにいた従姉の恵里香が帰国してきた。
千紗が憧れている善正は恵里香に好意を抱いており、彼女の帰国を千紗は複雑な思いを抱いていた。
恵里香は、まだ日本にいた頃に馬車道で行われたフェスティバルを思い出し「あの頃は何も考えていなかった。でも今なら、少しは自分と重なったりする」と語る。彼女は何を感じたのか。

感想・考察

がっつりと横浜のお話。
自分の故郷なので描かれる風景が全部懐かしい。横浜に想いでのある人向けの本です。

横浜は百数十年前までは人口数百人の小さな村だった。
少しでも江戸の近くを開港させたかったペリーと、少しでも江戸から遠ざけたかった幕府の妥協点が横浜だった。
横浜自体に歴史がなかった分、新しく入ってきた外国人を拒絶することなく、その文化を受け入れ広げていくことができたのだという。

学校でも会社でも後から入ってきた人は「よそ者」になってしまう。集団の結びつきが強いほど、新しい「よそ者」が馴染むのは難しい。
一方、当時の横浜のように土着のしがらみが薄く過半数が「よそ者」であるような場所では、新たな文化が醸成されることもあるのだろう。

一方で歴史が作り上げる濃い「人間関係」にも心地よさがある。
常連客ばかりの店だとか、気心の知れた友人との集まりとかに、安らぎを感じる気分も理解できる。すべての場所が「よそ者」に解放されるべきだとは言えない。
バランスというか、レイヤーごとに分ける考え方が大切なのかもしれない。
本書の最終話で「よそ者」として苦しんだ恵里香と、「よそ者」を受け入れてきた横浜という街の物語を読んで、そんなことを感じた。


ちなみに自分の話をすると、どうも私は「よそ者」にオープンな環境に惹かれるようだ。

長く暮らした横浜は、本書にある通り港町で外の文化を受け入れ醸成してきた場所だ。
横浜から引っ越した香港も港町で「よそ者」への敷居が低い国だった。
香港に隣接する中国本土の深センも横浜と同じく「数十年前は小さな漁村」で、住人のほとんどが他地域からの移住者だった。仲間内意識の強い中国のなかでも「よそ者」を排除することがない都市だったと思う。
今住んでいるオランダも元々は船乗りの国で、様々な人が入り乱れている。働いている会社も社員40人のうちオランダ人は2人で、あと人たちは十数か国から集まっている。「よそ者」が主体となっている社会だ。

やっぱり自分は「よそ者」の街が好きなんだとあらためて思い知る。

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