追想五断章
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あらすじ
伯父の経営する古書店で働く菅生芳光は、店を訪れた北里可南子から「亡父が残した5つの掌編小説を探して欲しい」という依頼を受けた。
5つの掌編はすべて結論を書かず読者に解釈を任せる「リドル・ストーリー」だった。可南子の手元には、各話の結論だけが残されている。
1編目の「奇蹟の娘」は、古書店で買い取った雑誌に掲載されていた。
- ルーマニアに暮らす母親は、ずっと目覚めない娘が、世の中の汚さを知らずに生きる「奇蹟の娘」だと考えていた。寝たふりをしているだけだと考えた男は家に火をつけた。-
次に見つかったのは「転生の地」という話だ。
- インドに転生の聖地があった。ここでは魂の依代として死体が大切に扱われれる。殺人であれば犯人だけが死刑となるが、死体損壊の方が重罪で家族も道連れになる。この町で殺人なのか死体損壊なのかが焦点となる裁判が行われた。-
3つ目の「小碑伝来」は俳句の同人誌に掲載されていた。
- 中国古代のとある将軍はプライドは高いが小心な男だった。敵が遠くにいるうちは威勢がいいが、いざ攻め入れられると逃げ出してしまう。敵に捕らわれた男は、自分自身と家族のどちらが生き残るか選択を迫られる。-
4話目の「暗い隧道」は思わぬところで発見される。
- ボリビアに古いトンネルがあった。かつて革命軍が大量の罠を仕掛けたという噂があったため、地元の人間がこのトンネルを使うことはなかった。だが革命軍に関わっていた男は妻子にそのトンネルを使わせたが、妻子はなかなか帰ってこない。男はトンネルが安全だと知っていて妻子を通らせたのか、あるいは危険と知っていて追い詰めたのか。-
芳光は調査を続けるうち、これらの掌編と可南子の父がかつて巻き込まれた「アントワープの銃声」という事件との関わりに気づいていく。
最後の一編「雪の花」は、芳光が真相にたどり着いた後に見つかる。
- スウェーデンのとある町に伝わる話。男は結婚後も漁色を止めなかったが、妻は夫の行為を非難しなかった。妻は夫の誕生日に贈るため雪の花を摘みに行ったが、谷底に転落し死んでしまった。妻は純粋に夫に贈りものをしたかったのか、あるいは自らの死で夫を糾弾しようとしたのか。-
ネタバレ感想
一部ネタバレを含むので、未読の方はご注意ください。
まず全体の構成が巧みさに驚かされた。
故人が残した5つの掌編はどれも、結末の判断を読者に委ねる「リドル・ストーリー」だった。そして、その結末だけは娘の手に渡っていた。
故人は「アントワープの銃声」と呼ばれる事件で妻殺害の容疑をかけられていた。不起訴となっていたが日本のマスコミは彼を疑い続けていたが、彼は反論せず口をつぐんでいた。
彼の残した5つの掌編は「その時、口に出して言うことができなかった」嫌疑への回答だった。
一つの事件と、5つの掌編を重ね合わせる複雑な構成を、無理なく読ませる力量はすさまじい。淡々としたノンフィクションルポ風の描写も作品の雰囲気に合っていて良い。
また、キャラクタの造形も米澤穂信さん独特の魅力がある。
『古典部シリーズ』の奉太郎たちや『小市民シリーズ』の小鳩や小佐内もそうだが、やたらと頭が切れる。そしてその分、一枚膜を隔てて現実世界を見ているような隔絶感がある。
「醒めている」のとも少し違う、微妙な現実との距離感が独特の雰囲気を生む。学園ミステリにしても、スイーツを題材にしても、甘ったるくならない。
やっぱり凄い作者さんだ。