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本心

ネタバレあり『本心』

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どんなに近しい人でも、自分とは違う人。
「最愛の人の他者性」を受け入れることで成長していった青年の物語。


2040年の日本、主人公の青年朔也は、亡くなった母親のVF(ヴァーチャル・フィギア)を作った。

母親は「もう十分生きた」といい、自ら死を選ぶ「自由死」を望んだが、朔也の反対で踏みとどまった。だが朔也の不在時に事故に遭い、唯一の家族である息子に看取られることなく死んでしまう。自分の判断は正しかったのか、母親はなぜ自由死を願ったのか。朔也は母親のVFを通して彼女の本心を知ろうとした。


テーマが重層的で、いろいろな読み方ができる本。個人的には中でも「朔也の成長」が心を打った。

貧富の差による社会の分断の深刻化や、VRやARの進化がもたらす「現実認識」の変化など、あり得そうな近未来像にはディストピア感があり物語全体の雰囲気を暗くしている。
人物内面の描写でも、朔也が有名アバターデザイナーのイフィーから実力以上の評価を受け厚遇される場面などは、読んでいて息苦しくなった。正直、重苦しい話だ。

だが、ラストでみせた朔也の成長が、全ての印象をひっくり返す。

物語の冒頭では、母親と自分を分離できなかった朔也だったが、どれだけ親しい人間であっても、彼女の中には決して他人に触れることのできない「本心」があることを知り、自分以外の「他者」を認めることができるようになった。

そこで初めて、思いを寄せていた三好との関係を主体的に選ぶことができたし、劣等感の混じったイフィーへの感情も整理され、独立した人間同士の関係を築くことができた。

自分を確立することで会社や仕事に対する姿勢も変わった。従属するのではなく「自分で選び取る」という意思が、暗い世界の中でも未来への希望を感じさせる。

ラストの爽快さが、それまでの陰鬱な雰囲気を一気にひっくり返してくれた。
『マチネの終わりに』とかも、全体の雰囲気が暗く、読んでいて息苦しくなるけれど、最後の暖かさがひっくり返す感じだった。平野啓一郎さんの作品は感情を揺さぶってくる。

いい話です。是非ご一読を!
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Audible版もあります!

あらすじ(ネタバレあり)

2040年の日本が舞台。

主人公の朔也は、二人暮らしをしていた母親から突然「もう十分だから、自由死したい」と告げられ、ショックを受ける。朔也は決して同意せず、母親は自由死を諦めたようにみえた。

だが朔也が出張していたときに母親は事故に遭い、急死してしまった。

「最後には朔也に看取られて死にたい」と言っていた母親の願いを叶えられなかったことを悔やみ、母親がなぜ自由死を望んだのか知りたいと思った。

朔也は、母親の保険金を使い彼女のVF(ヴァーチャル・フィギア)を作離、VFを通して彼女の本心を探ろうとする。同時に母親と同じ旅館に勤めていた三好や、自由死を認定した医師からも話を聞き、母親が何を考えていたのかを知ろうとした。

やがて被災した三好を家に迎えルームシェア生活が始まる。母親は三好とのコミニュケーションを重ね、さらに人間らしさを獲得していった。


朔也は「リアルアバター」として働いていた。依頼者が行きたい場所、やりたいことを代行し、VRの視点を提供する仕事だ。給与の安い仕事だったが、高校を中退した朔也に選択肢は多くなかった。

社内で親しくしていた人間がテロに関与して逮捕されたことから風向きが変わり、望まない仕事が多く入るようになってきた。とある依頼者から尊厳を打ち砕くような揶揄われ方をして仕事を投げ出してしまう。気分が荒れていた朔也は、立ち寄ったコンビニで外国人店員に絡む男と衝突し、結果的に彼を退散させた。

リアルアバターの仕事から離れていた朔也だったが、外国人のコンビニ店員を助けた動画が拡散し、ヒーローとなっていた。多くの人が投げ銭し、中でも著名なアバター・デザイナの「あの時、もし跳べたなら=イフィー」からは桁外れの額が入金されていた。

イフィーは車椅子に乗った、まだ年若い少年だったが、デザインしたアバターが高額で取引され、莫大な資産を積み上げていた。彼は朔也を「ヒーロー」だと呼び、高額での専属契約を求めた。

クリスマスイブの日、イフィーからパーティーに誘われた朔也は三好を連れて行く。それからイフィーと三好は徐々に関係を深めていった。

三好は朔也に、母親は小説家の藤原と親しい関係にあったのだという。朔也には父親の記憶がなかったが、藤原が実の父の可能性もあるのだと仄めかす。朔也は藤原にも母親の話を聞きにいき、自らの出生に関わる話を聞きだした。

朔也の人生は大きく動きつつあった。

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