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武器になる哲学: 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50

武器になる哲学: 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50

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「無教養なビジネスパーソンは危険」だという著者による哲学入門です。哲学史的な時系列に沿ったものではなく、「実際的で有用」という視点で50のキーコンセプトがまとめられています。

哲学が発見してきた成果を「今この世界にどう活かせるか、活かすべきか」という著者自身の見方が色濃く出ています。客観的な教科書ではなく思いの乗った熱量を感じさせる本でした。

著者が本書で示したポイントは
・現実を理屈通りに動かせるなんて傲慢
・とはいえ「小さな衝撃」を与えて流れを変えることは

・だから「自分で考えること」を諦めてはいけない
ということなのだと、私は解釈しました。

経営コンサルタントとして多くの実務をみているだけあって「すべて物事はさまざまな原因・結果が相互に影響を与える複雑系で、シンプルに狙い通りにいくことは皆無」だということを実感しているのだと思います。こういう人には「陰謀論」とか陳腐に見えるのでしょうね。。

そう感じるに至った本書のポイントはいくつかありますが、中でも印象的なのは「神の見えざる手」の項目です。著者はこのコンセプトを「合理的な計画よりも、まあまあ有用な結果の積み重ねの方が役に立つ」と一般化し、「オプティマイズよりヒューリスティック」という現実的な見方をしています。

ただヒューリスティックに従うというのは、ある意味「結果を肯定しているだけ」とも言えます。

そこでその次に「それでいいのか」という問いを発しているのでしょう。


ハンナ・アーレントの「悪の陳腐さ」というコンセプトを紹介する中で「思考放棄してシステムを無批判に受け入れることがこそが悪」であることを強調します。

もう一つ、ミルグラムの「権威への服従」もその流れで捉えることができます。「実験責任者の命令であれば、被験者は被人道的なレベルの電気ショックを与えることも辞さない」という有名な実験で、責任が分割された大組織では権威に盲従する人が大半であるということを示しています。

でもその中で「複数の命令者に少しでも意見の相違が見られる場合、ほぼ全ての被験者が電気ショックを止めた」という例を紹介し「複雑な権力機構を持つ大組織であっても、疑問を口にする人が少しでもいれば、考えることを取り戻せる」のだといいます。

これは物凄い希望で、私が本書の中で最も感銘を受けた箇所です。

大半の人が思考停止して権威に盲従していても、そこに疑問をを投げかける人が少しでもいれば「自分の頭で考えよう」という人が出てくる。

例えばナチスの支配下で反論を述べることは難しかったのだと思います。現代でも反論を許さない強固な権力組織は、間違いなく存在します。でもわずかでもクサビを打ち込むことで結果が変わりうるのだとしたら、大きな希望を感じることができます。

個人的には「反ワクチン」の陰謀論などは非現実的でバカバカしく有害なもの思っていますが、それでも多様な意見が述べられる仕組みがあること自体は健全だと思います。「あなたの意見には絶対に反対だ、それでもあなたが意見を述べる権利は命をかけて守る」といったヴォルテールの言葉を重く感じています。


「世の中の大勢はヒューリステックに決まりコントロールできない。それでも自分で考え意見を述べることを諦めてはいけない」

希望を感じる話でした。

要約

「50のキーコンセプト」について、簡単にまとめておきます。

1.ロゴス・エトス・パトス(アリストテレス)
人を動かす弁論には、ロゴス(論理的であるか)、エトス(倫理的に正しいか)、パトス(情熱があるか)が揃っている必要がある。


2.予定説(カルヴァン)
神によって救われる人はあらかじめ決まっている。良い行いをしたから救われるわけではない。行動に正確に比例して報償を受け取れるとしたら世界はつまらないものになるだろう。


3.タブラ・ラサ(ジョン・ロック)
人は元々タブラ・ラサ(白い石板)のようなもので、経験による書き込みで形作られていくと説く。「生まれ持っての差はない」という考えが身分制度の根拠を奪い市民革命の原動力となった。


4.ルサンチマン(フリードリッヒ・ニーチェ)
手に入れられないものへの僻み。「酸っぱいぶどう」のように手の届かないものの価値を否定することで溜飲を下げるのは美しくない。


5.ペルソナ(カール・グスタフ・ユング)
人はいくつかの仮面を使い分けている。現代ではネットが人格に横串を通し生き辛くする要因となっている。


6.自由からの逃走(エーリッヒ・フロム)

自由とは孤独で重い責任が伴う。他者に責任を放り投げてしまうか、自分自身で背負うか、それぞれが決めなければならない。


7.報酬(バラス・スキナー)

ネズミは必ず餌が出てくるボタンより、ランダムに餌が出るボタンの方を押す。不確実な報酬の方がモチベーションを上げる。


8.アンガージュマン(サルトル)

自分の行動、世界に対してアンガージュマン(エンゲージメント)するべきだというコンセプト。サルトルも自由の重さを認識していたが、それを受け入れて生きるべきだとした。


9.悪の陳腐さ(ハンナ・アーレント)
ナチスでユダヤ人虐殺を行ったアイヒマンの「普通さ」から「積極的な悪意ではなく、システムを無思考で受け入れてしまう受動性」こそが「悪」なのだとした。


10.自己実現的人間(マズロー)

欲求の5段階説が有名だが、アカデミックには根拠がないとみなされている。一方で「自己実現を成し遂げた」人たちの付き合い方には「あっさりした傾向」があるという調査が興味深い。


11.認知的不協和(レオン・フェスティンガー)

自分の行動とその認知が食い違う時、認知の方を行動に合わせること。例えば自分の思いと反することを強要されたとき、大きな報酬を貰えば「報酬のためだった」と捉えられるが、釣り合わないくらい少ない場合は「思いと反することではなかった」と認知の方を変える。


12.権威への服従(スタンレー・ミルグラム)
「責任者の命令であれば残酷なまでの電気ショックを対象に与える」ことを実証した実験が有名。大きな組織で責任が分割されるほど、自己判断を放棄する傾向が明確になった。一方で「わずかでも意見の不統一があれば、自分の判断を優先させる」という傾向もみえた。


13.フロー(ミハイ・チクセントミハイ)

フロー状態に入るためには「明確な課題、頻繁なフィードバック、適切なレベル感」が必要。自分が簡単にできるコンフォートゾーンを超える意識が重要。


14.予告された報酬(エドワード・デシ)

予告された報酬は創造的な活動を低下させることはアカデミックな世界では常識となっているが、ビジネス界では未だに「成果報酬」が目指されていることが問題だとする。


15.マキャベリズム(ニッコロ・マキャベリ)

「愛される君主より恐れられる君主」が必要だとする。ただポイントは「非道徳的な行為の許容」ではなく「結果的に人民に最高の福利を供するため」という「功利主義」の考えにある。


16.悪魔の代弁者(ジョン・スチュワート・ミル)

議論に際し「敢えて極端に反論する人」を設ける手法。同質性が高い人同士の議論は陳腐なものになってしまう。異質な存在を含めることが重要。


17.ゲマインシャフトとゲゼルシャフト(フェルディナンド・テンニース)

地縁や血縁を根拠とするゲマインシャフトから、機能によって結びつくゲゼルシャフトへの移行が進むという考え方。日本では村落共同体が失われてからも「会社」がゲマインシャフトの機能を果たしてきたが、昨今ではそれも失われつつある。著者はSNSなどのネットワークに希望を見出している。


18.解凍=混乱=再凍結(クルト・レヴィン)

変革は「新しいものを始める」ことではなく「古いものを終わらせる」ことから始まる。


19.カリスマ(マックス・ヴェーバー)

支配の正当化には「歴史的正当性」「合法性」「カリスマ性」の3つがある。歴史的正当性のあるケースは限られるし、合法性で支配する官僚機構では構成員の能力を発揮できない。カリスマ性も得難いものだが、リバースエンジニアリングで人工的に作り出すことが必要なのではないかと問う。


20.他者の顔(エマニュエル・レヴィナス)

「顔」というヴィジョンを交換することで関係性を作ることができる。「分かり合えない他者」こそが気づきを与えてくれる。


21.マタイ効果(ロバート・キング・マートン)

日本では4月から6月生まれの人が成人してからも有利になるケースが多い。小学校低学年の頃は月齢の差が影響を与えるが大人になっても継続するのは「初期の小さな優位が、循環フィードバックでより大きな差に拡大していくから」だといえる。


22.ナッシュ均衡(ジョン・ナッシュ)

相互の期待値が最大となる均衡点。「囚人のジレンマ」のように個別最適の合計が全体最適とならない状況もありうる。


23.権力格差(ヘールト・ホフステード)
経験のある操縦士の方が、経験の浅い副操縦士より事故を起こす確率が高い。これは部下が上司に「意見を言いにくい」ことが原因。特に日本のように権力格差の意識が高い環境では、上司が意図的に部下の反対意見を聞くことが重要。


24.反脆弱性(ナシーム・ニコラス・タレブ)
「脆弱」の反対観念は衝撃に耐える「頑強」ではなく、衝撃を糧に進化する「反脆弱」だという考え。進化論もAIのディープラーニングも「エラー」が原動力となっている。


25.疎外(カール・マルクス)

資本主義により「労働生産物」「労働」「類」「人間」からの疎外が生じるという考え。
例えば漁師が釣った魚は自分のものにできるが、資本主義下で働いた人の成果は会社のものになり「労働生産物」から引き離される。
効率を追求しプロセスが細分化された「労働」は楽しさを失い、ただ苦しいだけのものになっている。
労働者が会社の部品となることで「類(人間関係)」も破壊され、「人間(他人)」からも疎外される。
システムによるコントロールは阻害を生む、理念や価値観といった内発的動機で行動するのが重要。


26.リバイアサン(トマス・ホッブズ)

人間が個別最適で行動すると闘争状態に陥ってしまうため、お互い相手を傷つけないことを約束し、その約束を守るための権力機構を作ったという考え方。争乱の時代を生きたホッブズにとって秩序維持が重要だった。


27.一般意志(ジャン・ジャック・ルソー)

代議制によらない直接民主主義として「一般意志」による統治が理想だという考え。個人の考えより集合的に処理した意思決定の方が精度が高い。Googleなどによる情報技術の進歩は一般意志の汲み取りを可能にしたが、そのロジックがブラックボックス化していることは危険。


28.神の見えざる手(アダム・スミス)

全ての情報を検討して「最適な解」を求めるよりも、「まあまあ満足できる解」をフィードバックさせるヒューリスティックな手法の方が実際には役に立つ。


29.自然淘汰(チャールズ・ダーウィン)
突然変異と自然選択により進化が起きたという仮説。エラーが進歩のエンジンとなるという考えは幅広く応用できる。


30.アノミー(エミール・デュルケーム)

社会の規制が緩むことは、個人の自由を促進するが「無連帯」により不安定さも引き起こすという考え。会社という縦型構造が失われる中では、自ら意識的にコミュニティを作っていく必要がある。


31.贈与(マルセル・モース)

経済の始まりは「交換」ではなく「贈与」だとする。ポリネシアでは「贈与、受領、返礼」が義務だった。一対一で価値の交換をする経済だけでなく、多数への贈与と返礼ので成り立つ関係性もあり得るのではないか。


32.第二の性(シモーヌ・ド・ボーヴォワール)

「人は女に生まれるのではなく女になる」と言い「女らしさ」とは社会的要請によるものだとした。日本はジェンダーバイアスの強い国だということを意識すべき。


33.パラノとスキゾ(ジル・ドゥルーズ)

パラノイア(偏執型)とスキゾフレニア(分裂型)の対比。とくに日本では「コツコツやるパラノ型」が評価されてきたが、複数の根を持ち「ヤバいと感じたらすぐ逃げる」スキゾ型の強かさが必要だとする。


34.格差(セルジュ・モスコヴィッシ)
格差というのは同質性が高いからこそ意識される。公正さや平等さを追求するだけでは、かえって不公平感を強くしてしまう。


35.パノプティコン(ミシェル・フーコー)
囚人からは監視する側が見えない監獄のこと。監視されているかわからない状況は組織運営として効率的だが、規範への圧力が強く進歩発展を阻害する懸念もある。


36.差異的消費(ジャン・ボードリヤール)
人が消費するのは単純にその機能だけを求めるのではなく、他者との「差異」という記号も求めている。機能的には十分満たされた現代では商品やサービスに「差異」を設けることが必要。


37.公正世界仮説(メルビン・ラーナー)

世界は公正で「良い行いは必ず報われる」という考え方。実際に世界は公正とはいえない。公正仮説に拘っていると報われないことに不満を感じるだけでなく、不幸な状況にいる人は「努力不足の自業自得」だという見方をしてしまう。


38.無知の知(ソクラテス)

「要するに○○だよね」と話をまとめてしまうと世界観が広がらない。簡単に「分かって」しまってはいけない。


39.イデア(プラトン)
実際に見えている「モノゴト」は、純粋観念の写し絵だという考え。理想論や観念に囚われ目の前の現実を見失ってはいけない。


40.イドラ(フランシス・ベーコン)

人間には典型的な「誤解」のパターンがある。種族のイドラ(人間としての錯覚)、洞窟のイドラ(個人的経験による誤解)、市場のイドラ(伝聞による誤解)、劇場のイドラ(権威による誤解)のパターンにハマっていないか注意する必要がある。


41.コギト(ルネ・デカルト)

デカルトは「我思うゆえに我あり(コギト・エルゴ・スム)」という立脚点を打ち立てたが、そこから外に出ることはできなかった。だが「既存の常識を徹底的に疑う」という思考のプロセスは重要。


42.弁証法(ゲオルグ・ウィルヘルム・フリードリッヒ・ヘーゲル)

命題Aと反命題Bの衝突から、その矛盾を統合的に解決した命題Cを生み出す、という方法論。
行ったり来たりしているように見えながら、一定方向に進んでいるという螺旋的な発展をイメージしている。


43.シニフィアンとシニフィエ(フェルディナンド・ソシュール)

観念を表す言葉(シニフィアン)と、観念自体(シニフィエ)を分けて考えることで、観念の区別は言語システムによって異なることがわかる。
言語を豊富にすることは観念のメッシュを細かくすることにつながる。


44.エポケー(エドムンド・フッサール)

「客観的事実」を一旦保留し「主観的意識の中で客観的に見えているだけではないか」と考えてみる。他者の見ている事実と自分が「客観的事実」と捉えていることが同じではないという認識が大切。


45.反証可能性(カール・コパー)

「科学的である」というのは「反証可能性がある」ということ。そうでなければ芸術や神話。


46.ブリコラージュ(クロード・レヴィ=ストロース)

「よくわからないけど、なんだだか役に立ちそう」という直感。「何となくいい気がする」という直感から多くの巨大なイノベーションが生まれている。
「それは何の役に立つの?」という問いは可能性を奪っているのかもしれない。


47.パラダイムシフト(トーマス・クーン)

世の中は一気には変わらない。新しい発見は反対者を説得することで広がるのではなく、反対者が死に絶える時間をかけて広がっていく。


48.脱構築(ジャック・デリダ)
物事を二項対立で考えるだけでなく、二項対立の構造自体がおかしくないかを検証していく見方。高度な(イヤらしい)論破術。


49.未来予測(アラン・ケイ)
最高の未来予測はそれを作り出すこと。予測というのは往々にして外れるもの、頼りすぎてはいけない。


50.ソマティック・マーカー(アントニオ・ダマシオ)

「心が身体に命令している」のではなく「身体感覚が心をつくっている」という考え方。

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