赤と青とエスキース
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「でも私はね、人生は何度でもあるって思うの。どこからでも、どんなふうにでも、新しく始めることができるって」
赤と青 二色の絵の具で描かれたエスキース(下絵)と、その絵に関わり過ぎ去っていった人たちの物語。
とくに第3章の漫画家の話が好きです。
格好悪く足掻く漫画家タカシマがやたらと格好いい!
ストーリー全体にも仕掛けが施されていて、エピローグを読んだ後にもう一度最初から読み返したくなりました。ミステリではないけれど、緻密に張られた伏線はなかなか見事です。
ネタバレになってしまうのであらすじ紹介の後に伏線解説をしようと思います。
あらすじ
第1章「金魚とカワセミ」
レイは交換留学生として1年間メルボルンに滞在していた。
留学先で馴染めずにいたが、アルバイト先の先輩ユリさんに誘われてBBQに参加し、現地育ちの日本人のブーと知り合う。
一見チャラく見えるブーだったが、メルボルンを通り過ぎていく留学生たちをみて「ここは竜宮城なんだ」と寂しげな表情を見せた。
やがてレイとブーは近づき、留学期間が終わるまでの「期間限定の恋人」として付き合い始める。
レイが日本に戻る「期間終了」の直前、ブーは彼女に絵のモデルになって欲しいと頼んだ。
ブーの知り合いの画家ジャック・ジャクソンは、レイをモデルにエスキース(下絵)を描く。赤と青の二色だけを使った水彩画だった。
第2章「東京タワーとアーツ・センター」
空知は額装の専門店に勤め10年近くになる。
絵に合わせた額縁をカスタムで作るお客は少なく、既製品をあてがうのがほとんどで、やりがいが感じられず将来性にも不安を抱き始めていた。
ある日、店長旧知の画廊経営者から展示会のための額縁の注文を受ける。
その絵のリストには空知が10年ほど前にメルボルンで出会った画家ジャック・ジャクソンの絵があった。空知が額装に興味を持ったのはジャックの絵がきっかけだった。
赤と青で描かれたエスキースと「完璧な結婚」をする額縁を作りたいと空知は店長に申し出る。
第3章「トマトジュースとバタフライピー」
かつてのアシスタント砂川凌がマンガ賞を受賞し、タカシマ剣は彼と一緒に対談インタビューを受けることになる。
タカシマは喋り下手な砂川をフォローし対談を進めていったが、弟子の圧倒的才能と活躍ぶりに嫉妬も感じていた。
だがタカシマは砂川が大切にしているものを知り、砂川のタカシマの思いにも気付く。
対談場所となった喫茶店には、ジャック・ジャクソンが描いた赤と青のエスキースが飾られていた。
第4章「赤鬼と青鬼」
茜は輸入雑貨の店で働いていた。
オーナーからイギリスへの出張を伝えられたが、パスポートを元カレ蒼のマンションに忘れていたことに気づく。
気まずい思いをしながらも茜は蒼に連絡を取り、かつて自分も暮らしていたマンションに出向いた。蒼は猫を飼い始め、多くの仕事を抱え忙しそうにしていた。
同じ頃、茜はパニック障害を発症する。電車などの閉鎖空間で急に呼吸ができなくなる症状だ。オーナーからは数週間の有給休暇を取り心身を休めるよう指示された。
休養期間中に蒼から連絡が入り、出張の間に猫の世話をしてほしいと頼まれる。
蒼が不在となる数日間、茜は猫と一緒にかつての自宅で生活した。
伏線の考察
ここからはネタバレとなってしまうので、未読の方はご注意ください。
間接的に「ストーリーの仕掛け」を匂わせている伏線がいくつかあります。
まず分かりやすいのが第1章のミステリ小説。
ブーがレイに「二人が同一人物だったとは驚いた」と叙述トリックのネタバラシをして怒られるくだりは、プロローグとエピローグに挟まれた本書の仕掛けを暗示してるといえるでしょう。
次に第2章の「旅芸人の絵」です。
額縁職人の村崎は旅芸人の絵と流木を使った額縁の組み合わせに「流れ流れて色々な景色を見たであろう流木が、今に至るまでの経験や表情を大事に活かせる。ああ、ここに繋がったのか」と思いを巡らせています。
これはまさしくストーリー全体を示唆しているといえるでしょう。最後まで読まないと気づかないポイントです。
最後は第5章、赤鬼と青鬼の話です。
赤鬼のため自己犠牲を払う青鬼に対する茜と蒼の見解の相違が、そのままストーリー全体を貫く「すれ違い」を表しています。
これは直接的に述べられているので、暗示でも伏線でもないのかもしれませんが、そのあとの「ネタバラシ」にうまく繋がっていると思いました。
ミステリだと思って読むと叙述トリックを警戒するのですが、そう思わずに読むと結構衝撃があります。
二度読みして伏線確認しちゃいました。