NHK「100分de名著」ブックス 荘子
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完全な受け身こそが自由。無為こそが純粋な生命。
要約
- 「荘子」 について
荘子という人物は紀元前4世紀後半の中国の思想家。老子の思想を継承発展させたという側面が大きい。『荘子』という書物では寓話を中心に思想を語る。
- 「道」とは何か
老子は「万物に先んじる混沌とした非存在」を「道(タオ)」と呼ぶ。 荘子はこれを「攖寧」とし、万物と触れ合いながら自らは安らかでいることとした。
- 「効率を求めること」は恥ずかしい
水をくむのに苦労している老人に「ハネツルベ」という便利な道具があることを伝えた。老人は「機械(からくり)を使うと、機事(からくりこと)をするようになり、機心(からくりこころ)を巡らすことになる。そうすると心の純白さがなくなり、精神ももちまえの働きも安定しなくなり、道を踏み外すことになる。ハネツルベを知らないわけではないが、恥ずかしいから使わないのだ」と言った。
- 「アピールしないこと」が徳である
「和して唱えず」という在り方を勧める。「自己主張」は人為的で賢しらであり、ただ相手に同調するのが良いとする。相手の言葉も頼りなく曖昧なものなので、突き詰めればどっちだってよい。
どんなに素晴らしいことであっても、意識的であってはいけない。意識的であるということは既に己であり、功名心に通じ本来の性から離れてしまう。
- 「受け身」こそが最強の主体性
完全に受け身に徹し「外界の変化をすべて受け入れられる柔軟さを持つ」ことが、「最も強い主体性」 に繋がると説く。
- 老荘思想と仏教・禅
1世紀ごろ中国に仏教が伝わったが、儒教優位の時代には浸透しなかった。その後、3〜5世紀ごろ、老荘思想の影響が強くなった時代に仏教も受け入れられる。仏教思想の「空」を老荘思想の「無」になぞらえるなど、老荘思想と仏教は親和性が高かった。
自分をなくす無我の境地で智慧が生まれるという禅の思想も、「受け身でこそ主体性が生まれる」という老荘思想に繋がっている。
- 理想は「何も待たない」
どんな変化にも従うということは「特定の何かを待たない」ということ。 何かを期待して待つことなく、原因との縁によって「もちまえ」が発揮されるのが素晴らしいとする。仏教の「縁起」に近い考え。
- 分かるとは忘れること
「不測に立ちて無有に遊ぶ」という言葉を紹介し「どうなるか分からない状況で、意識せずに時間や空間に縛られずに遊ぶ」ことを説く。
牛刀捌きが巧みな調理人の寓話で「練習を重ねることで考えることなく自然の摂理に従うだけで、牛刀は適切なところを切り出すようになった」と伝え、無意識であることの重要性を伝える。考えることを忘れるほどの反復練習が大事で、理屈を忘れたときに身についたと言える。
- 役立たずが役に立つ
建築材として役に立たない木が、役に立たないからこそ誰にも着られることなく大木に成長したという寓話で「無用の用」を説く。本来のもちまえを活かし、大きなものになるためには「無為」であることが重要だとする。
- 「もちまえ」とは何か
「性(もちまえ)」とは 持って生まれた自然の性質。仁義や是非、美醜などは当てにならない。もちまえを活かすことが本来のエネルギーを出すことに繋がる。
- 万物斉同
すべてのものは「無」である 「道」から生まれいる。すべてが「無」であるから、全ては斉しい(ひとしい)ということだとする。現世レベルの対立や差別は不要で、差別を超えた自然の立場で和することを願った。
- 胡蝶の夢
荘子は万物を区別しないのと同じく、生と死も「大きな変化の流れ」として区別しない立場をとった。 「胡蝶の夢」の寓話で「自分が蝶になった夢を見たのか、今の自分が蝶の見ている夢なのか分からない」という考え方を提示し、今の自分の生も確実なものではなく、見方によって現実は変わることを示した。
感想・考察
「効率を追うのは恥ずかしい」という「ハネツルベ」の話が出てくる。そもそも「目的」を設定することも、そのために「効率」を考えることも、賢しらで自然から外れた行為であり、創造性を阻害し本来の自主性から遠ざかっていると荘子は考えている。
昨今のビジネス書などでは「目的設定が大事」だとか、それを「行動目標落とし込んでPDCAを回しながら実践しよう」とか、あるいは「長時間木を切るより、ノコギリを研ぐことに時間をかけよう」とか、荘子の言葉とは相反するアドバイスが溢れている。
こういった指摘は、合理的に考えれば「その通りだよなぁ」と思わされるが、どこかに「ケツの座りの悪さ」を感じるのは、自分にも「老荘」的な思想が腹の底にあるからかもしれない。
自分自身は日本に生まれ育ち、中国で数年間暮らし、今はヨーロッパで暮らしている。日本と中国は道徳観などがとても近いと感じたが、ヨーロッパでは違う部分が目立つ気がする。
長期休暇を存分にとったり、残業は少なかったりするドイツやオランダが、ブラックな働き方が加速している日本より、一人当たりGDPなどの指標で上回っているのを見ると「木を切る前にノコギリを研ぐ」効率への意識が大事かなとは思う。だが、一歩進めて皆が効率化を極めたあとの世界を想像すると、殺伐としたイメージしかわかない。
個人レベルで考えると実践するのは困難な老荘の思想だが、「現実世界と折り合いをつける生き方」から視野を広げてみるのは面白い。