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富と幸せを生む知恵

富と幸せを生む知恵

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天地間のことはすべて正当に行われている
天道はいつも正義の味方である

要約

明治から大正期の実業家、渋沢栄一氏の信条を集めた「青淵百話」を現代語訳し再編集した本。

含蓄の深い言葉が並ぶ。いくつかの項目を拾ってみる。

 

自分が生きている意味を日々見つめ直す

自分の本分を尽くして働くが、それは自分のためというより社会のため。社会を「主」、自分を「従」と捉えている。

 

揺るがない「ものさし」を持つ

唯一絶対的に従うべき道理があると考えている。物事の是非を識別できる知識を持ち、平生の行いを端正にすることが重要。

 

天命に従い、社会に恩返しをする

人には必ず天命がある。人は自分のためだけでなく、世のためになることをする義務があると信じている。

 

小さなことにこそ心を集注させる

小さいことを軽視してはいけない。事の大小にかかわらず、そのとき向かい合った物に全力を挙げて取り組むべきだ。小事に専心することで結果的に大事につながる。

 

真の幸福を引き寄せる方法

心に「常道」を持つ人は強い。知識を磨き徳を修めることで、心が移ろうことが亡くなる。人道を失わなければ幸福は引き寄せられる。

 

「論語」の心で「算盤」をはじく

孔子は決して富貴を否定していないと考える。道に従って得た豊かさは悪ではないという解釈をしている。

 

実業の本筋は武士道にあり

武士道に流れる道徳心を高く評価し、一時の利に走る風潮に警鐘を鳴らしている。商工業者にも「商人道」があるべきだという。

 

人格を磨き、意志を鍛え、克己心を養う

人格は毎日の生活で養っていくべきもの。利をもって誘われても動かず、脅しにも屈せず、道理に従って邁進できることで人格が完成される。

自分自身のコントロールも難しいが、どんな小さなことでも意志に反することははねつけてしまうべき。

自分勝手を抑え込む克己心も常日頃の心がけにかかっている。

 

個人主義に走らず、個人主義を貫く

社会に対して自己を見る場合は、社会と自己の調和を考えるべき。一個の個人として考えるときは、あくまでも独立自営の心を持ち、他者に依存してはいけない。

 

感想・考察

渋沢氏は「論語」を聖典のごとく重視しているが、当時としては新しい解釈をしている。

江戸時代に主流だった朱子学では富の追求は卑しいものと考えられ「武士道精神」の一端を成していたが、渋沢氏は「正しい道で富を追求することは良いこと」だと解釈している。

本書とほぼ同時期に、ドイツではマックス・ウェーバーが「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を著し、キリスト教でも蓄財の否定から「財産の蓄積は神への賞賛」という捉え方に変遷してきことを書き残している。

西洋と日本で、資本主義を肯定する倫理的・宗教的な解釈が同時期に生まれたというのは興味深い。箱に合わせて中身を入れるのではなく、中身が箱を形作るということなのだろう。解釈の方が後付けだ。

 

本書での渋沢氏の言葉をみると、事業で財を成すことを肯定的に捉えているが、そのベースに儒教的な倫理観が息づいている。ポジショントークもあるだろうが、この時期には、為政者や事業家が高い倫理観を持っていたのは間違いないと思う。

 

「清貧を貴ぶ思想」が「武士道」などの形で支配階級の内在的なガイドラインになっていた時期は、経済規模の拡大は抑えられていた。

しかし、資本主義経済の拡大とともに「清貧の思想」は弱者側のルサンチマンになり、支配階級の活動はタガが外れてしまったように思われる。

 

持続可能な社会を作るためには、民衆を煽るよりも、上位にいる人に「刺さる物語」をもう一度作り直す必要があるのかもしれない。

 

今、この時代に渋沢栄一氏の高潔な精神を振り返るのは意義深い。

敬意を示すため、この方の肖像画をたくさん集めることにしよう。



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