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とにかく散歩いたしましょう

『とにかく散歩いたしましょう』

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あらすじ

小説家の小川洋子さんが日常を描いたエッセイ。
表題作「とにかく散歩いたしましょう」は愛犬ラブちゃんへの感謝を綴った話だ。
好きな話をいくつかピックアップして紹介しよう。

ハンカチは持ったかい
森鴎外が娘の茉莉を溺愛していた。「泥棒をしても、茉莉なら上等よ」と、無条件の愛情を投げかけている。
親は子供を無条件に愛するものだ。その愛情を確かに感じた子供ほどスムーズに自立するものだという。
子供が自立した後にも親は心配をするのは仕方がない。立派な成人になった子供に「ハンカチは持ったかい」というくらいは許してあげよう。

盗作を続ける
小川氏は盗作への恐怖に取りつかれることがあるという。
もちろん他の作品のアイデアを盗用することはないし、今までにない話を作ろうと考えている。
だが、小説を書き始めると登場人物たちが手の届かないところで動き始める。作者は彼らの言葉を聞き書き写しているのだという。登場人物たちが世界の片隅に隠れていた物語を話して聞かせてくれている。
本当に物語を作ったのは登場人物たちなのだと思っている。

ものを作るのに脳はいらない
小川氏が落語家たちと会談しているとき「有殻アメーバ」の写真を見せられる。このアメーバは分泌液と砂で自分を囲う殻を作り出すという。単細胞のアメーバが思考しているわけではなく、それでも黙々と何かを作り出している。
落語も小説も、頭で考えたことには限界がある。宇宙の摂理で誕生したアメーバの殻ように、本人にも説明できないような作品にこそ真の感銘があるという。

美しく生きた人
第二次世界大戦の時期、ナチスによるユダヤ人への迫害はオランダにも及んでいた。アンネ・フランクの一家はアムステルダムの家に隠れて暮らしていたが、終戦直前に連行された。アンネは連行される直前まで日記を残しており、それが「アンネの日記」として出版されている。
小川氏は、戦時下でアンネ・フランクの一家をかくまった ミープ・ヒース夫人と交流があったが、2010年に彼女の訃報に接する。
ミープたち支援者が、自分たちの危険を顧みず困っている人々を助けたことを賞賛し、その姿には「自分が正しいと信じることをやりきった人だけが持てる美しさ」があったという。

名前を口にすること
小惑星探査機に「はやぶさ」と名付けた人は偉いという。「小惑星探査機MUSES-C」と呼ばれていたら、そこまでの熱狂は起きなかったのではないか。
ものに付ける名前は大事だ。名前があるから生き生きとしたイメージを持つことができる。
ここでも小川氏はアンネ・フランクの例を挙げる。ドイツ語の教室で「アンネの日記」を暗唱するときには必ずアンネの名前を言うよう義務付けられている。
アンネは毎日のように自分の名前を日記に書き続けた。だが強制収容所で名前は奪われ番号で呼ばれた。
アンネ・フランクという名前は、ホロコーストの象徴でもベストセラー作家の名前でもなく彼女自身のものだと、彼女の名前を呼ぶたびに思う。

とにかく散歩をいたしましょう
小川氏が飼っているラブラドルのラブちゃんの話。
14歳の老犬となったラブちゃんが夜鳴きするようになり、小川氏は夜に眠れず疲労が蓄積してきた。夜鳴き防止のため遅い時間の散歩が効果的だったという。
それまでは深夜に散歩をするのは非常事態が起こった時だった。夫が病院に担ぎ込まれたり、父が危篤に陥ったり。そんなときラブちゃんは遅い時間に帰ってきた小川氏を大人しく迎え「ひとまず心配事は脇に置いて、とにかく散歩いたしましょう」というように彼女を導いたという。

自らの気配を消す
小説の校閲者は、ある意味作者以上に深く作品世界に潜り込み黙々と修正を繰り返す。だが原稿が印刷されるときには何も痕跡も残さずに静かに立ち去る。
小川氏が京都の庭園を見たときにも、庭師の存在が主張されず「最初から自然にそこにあった」ような庭の美しさに心を打たれた。
落ち葉一つ、砂粒一つを疎かにせず、隅々まで丁寧に手を施しながら自らの敬拝は消し去る。そんな風に小説を書きたいと、小川氏は言う。

感想・考察

小説において作者は前面に出てこない気配を消した存在だ。
登場人物たちが自分たちの意志で動いているように見せて、作者は背景に溶け込む。作者が「正解」を押し付けるのではなく、読み手が自分の経験と重ねて、それぞれが自分なりの解釈をするから面白いのだと思う。

一方で、エッセイでは実体験をベースに自分の言葉として文章にしている。自分の内面を表現するのに恐れを感じる自分には、これはこれで難しいだろうと思われる。

「気配を消して」「宇宙の摂理が自然に生み出したような」ものを描きたいと思う。どんなものかよく分からないけど。。

とりあえず小川洋子さんの小説を読みたくなった。

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