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恋に至る病

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あらすじ

小学5年の転校生宮嶺望は、初日のあいさつで緊張してしまうが、クラスの女子 寄河景が「知り合いのフリ」をしてくれたことで、クラスに溶け込むことができた。その日から宮嶺は景を意識するようになる。

校外活動のあった日宮嶺は、凧がなくなり泣いている幼稚園児をあやす景を見た。景は滑り台の上に凧を見つけ取ろうとしたが、手すりが壊れ転落してしまう。宮嶺は右目と足にけがをした景を背負って助けた。

顔に傷ついたことに心を痛める景をみて、宮嶺は景のヒーローになることを誓い「僕はどんなことがあっても景を守る。味方でいる」と誓う。

その事件後から、宮嶺へのいじめが始まった。
最初は消しゴムが盗まれる程度だったが、徐々に過熱していった。
やがて首謀者の根津原のいじめは、宮嶺の腕の骨を折るまでエスカレートする。
景は一緒に戦おうというが、宮嶺は恥ずかしさから逃げ出してしまった。

ところがその一週間後、根津原はマンション屋上から飛び降りて死んでしまう。

それ以降、根津原に従っていただけのクラスメートとの関係も以前通りになり、宮嶺に平和な日常が戻ってきた。


宮嶺は景と同じ中学に進学したが、美しく誰からも人気のある彼女と距離を感じていた。
だが修学旅行先で偶然話をする機会があり、そこで宮嶺は景から「根津原は自分が殺した」という告白を聞いた。

さらに宮嶺と景は高校でも同じ学校に通うことになる。お互いの好意を告白するが、景とは釣り合わないと考えた宮嶺に対し、景は「私がどれだけ宮嶺が好きか証拠を見せる」という。
翌日、公園で待合せた景と宮嶺は、そこで飛び降り自殺をする男の姿をみた。

景は自分が自殺を促すサイト「青い蝶(ブルーモルフォ)」のマスターであることを告白する。

小学校時代の宮嶺に対するいじめで、景は主導者であった根津原だけでなく、自分の考えを持たず根津原に流されいじめに加担した人たちも憎んでいた。
「自分の考えを持たず、誘導されて自殺してしまうような人間は淘汰されるべき」だと考えていた。

自分が原因となって景が歪んでしまったことを知り、宮嶺はそれでも景を肯定し味方になろうとした。

ネタバレ考察

著者あとがきで、本書は「寄河景は、誰一人愛さなかった化物か、ただ一人愛した化物なのかの物語」だと述べている。

自分なりに考察してみたい。
*ここからにネタバレなので、未読の方はご注意ください。

まず最初に気になるのは二人の出会のシーンだ。
クラスに溶け込むのに苦戦していた宮嶺に対し、景は「以前からの知り合いのフリ」をすることで間を取り持った。
これは景の宮嶺に対する好意だったのかもしれないし、「クラスをまとめよう」という意識があったのかもしれない。いずれにせよ「善意」があったのだろう。
だがそこで、景にとっての「嘘をつくことへのハードルの低さ」に引っ掛かりを感じた。小学生でここまで嘘を使いこなすのは、なかなかの素養だ。

また名前の呼び方も面白い。
景は宮嶺に名字ではなく名前でよぶことを求めたが、自分は相手を名字で呼ぶ。これは後に恋人の関係になっても続く。
「私はあなたの心に踏み込むよ、でも私の心には入ってこないで」ということだろう。最初から「関係の非対称性」は意識され、ずっと続いていたのだ。


次に校外授業で景が怪我をしたシーンだ。
後に景自身が告白しているように、凧を隠したのは景の自作自演だった。
宮嶺の目の前で怪我をして「守れなかった」という負い目を感じさせる作戦だったのだろう。
自作自演とはいえ目のケガは景にとっても想定外だったのだろう。だがそのケガが宮嶺の心理に思わぬ効果をもたらしたことが、宮嶺個人への執着を強くするきっかけになったのだと思う。


宮嶺への執着の結果、彼へのいじめに関与していく。
最初になくなった「消しゴム」を持っていたことから、景がいじめに関与していたことは間違いない
どうやって実行犯である根津原たちを動かしたのかは分からないが「跳び箱に閉じ込められた景を宮嶺が発見する場面」での、根津原取り巻きの怯え方を見ると、景が根津原たちに支配的な影響力を持っていたようだ。

どう考えても根津原が景を閉じ込めたとは思えないし、根津原自身から言及されることもなかった。だが跳び箱の上にも物が置かれていたことを考えると、単独での自作自演ではない。景に根津原もしくはその取り巻きを動かす力があったということだ。

根津原たちの直接な暴力が宮嶺の自尊心を削ぐ一方で、景は宮嶺への同情を見せる。景が「心惹かれた女の情けは男にとって最大の屈辱」という男性心理を理解していたなら、実に効果的な追い詰め方だ。


次に中学時代の修学旅行先で、景が根津原殺しを告白するシーン。
宮嶺が単独行動になったこと自体は偶然だが、そこに景がアイスをもって現れたのは意図的なものだろう。アイスは「助けたおばあさんがくれた」というが、一人でいた景にアイスを「2つ」渡したというのは不自然だ。

ここで景は「アイスに二重丸を書き外側から食べる。外堀から切り崩し、最後に本命というのがいい」言っている。
景がこの頃すでに「青い蝶」の前身として「自殺誘導」を行っていたことを考えると、景にとって宮嶺は「秘密を話して共有したい」と思う特別な存在だったのだろう。
あるいはもっと直接的に「あなたが本命で、いま外堀を埋めているところだよ」というメッセージだったとすると、だいぶエロティックだ。


高校時代に景と宮嶺は恋人関係になる。
これも景が後輩などを使って外堀を埋め、告白せざるを得ない状況を作ったようにみえる。同時に「青い蝶」の秘密を話すことで決定的な共犯関係となり、景による宮嶺の支配は完成した。

これらの状況をみながら著者の問いを改めて考えてみよう。
「寄河景は、誰一人愛さなかった化物か、ただ一人愛した化物なのか」

鍵になるのはやはり景が持っていた「消しゴム」だろう。

景は宮嶺に「強い執着」を持っている。他のターゲットとは異なるレベルの熱量を注いでいる。ある意味「特別な存在」だったことは間違いないだろう。

だけれども、二人は恋人関係となり、手を伸ばせば生身の宮嶺に触れられる関係になっても、彼を操る「物語」の象徴だった「消しゴム」を肌身離さず持っていた。
景は「生身の宮嶺の全人格」を愛していたのではなく、「自分の作った物語」に執着していたのだろう。

とはいえ「誰かを愛すること」と「自分の物語のため相手に執着すること」が完全に別物だとは言えない。誰だって人を愛する気持ちの中に、自分への執着も含ませている。その配合比や重なり方は人それぞれで、景の場合は極端な方向に振れていたが、それも愛だったのだと思う。

著者の問いに対する私の答えは、
寄河景は、宮嶺望 一人だけは愛していた。ただし相当歪な形で
ということになる。

もちろん「自分の物語への執着など愛ではない」という人もいるだろう。
エピローグで「君たちのくだらない物語を壊してやる」と言った入見刑事が救いになるのも理解できる。

ただ「愛と執着」は完全に区別できるものではないというのが、私の個人的な捉え方だ。

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