BookLetでは、ビジネス書や小説の1000文字程度のオリジナルレビューを掲載しています。

虚構推理 スリーピング・マーダー

虚構推理 スリーピング・マーダー

こちらで購入可能

あらすじ

「虚構探偵」シリーズ第3弾!
あやかしたちの「知恵の神」となった岩永琴子と、人魚と件の力を身につけた桜川九郎が、人とあやかしの間の問題を解決していく。

岩永琴子は、大手ホテルグループの会長である 音無剛一氏から、遺産相続にの問題解決に協力して欲しいとの依頼を受ける。

剛一は、数十年前に音無グループの当時の社長 音無伝次郎に見込まれ、彼の娘 澄の 娘婿として音無家に入った。伝次郎の死後、社長となった 澄はグループを大きく飛躍させ、剛一も副社長として彼女を支えていた。

23年前、澄 は路上で強盗に刺殺された。
剛一は自分が 澄 を殺したのだという。

当時の 澄 はワンマンな経営で、反対する者を全て切り捨て、無理な拡張方針に歯止めがかからなくなった会社は危うい状態だった。

また、澄 は3人の子どもの人生も壊し始めていた。
長男 亮馬の料理人になりたいという夢を許さず、無理にでも後継者にしようとしていた。
長女 薫子 が連れてきた恋人 耕也 が「ふさわしくない」といい、別れさせようとしていた。
次男の晋 は会社の仕事を継ぎたいと考えていたが、澄 は亮馬を後継者と決めていたので、彼が望む仕事をさせなかった。

このままでは会社も子供たちも壊れてしまうと危機感を持った剛一が悩んでいると、一匹の「妖狐」が「願いを叶えてやろう」と近づいてきた。

妖狐は、剛一に疑いのかからない方法で 澄を殺すという。
その代わり、対立する狐の住処となっている山を開発し勢力を削ぐことを交換条件とした。

剛一は条件を飲んだ。
数日後に 澄 は、路上で何者かに刺され殺された。剛一にも家族にも絶対に容疑がかからない時間であり、行きずりの強盗による犯行だと判断され捜査は打ち切られた。

澄 が死んで、無理な拡張戦略を見直し、早めに手を打ったことで会社経営は安定した。
長男の亮馬は望み通り料理人となり成功し、長女の薫子も耕也と結婚し中古車販売業で大成功する。次男の晋は音無グループを継ぎ、安定した経営を行っていた。

澄 の死によって、結果的にすべてがうまくいった。


今、剛一は末期がんに侵され余命が限られていた。
剛一は「人を殺したことが最高の結果に繋がった」という「成功体験」が危ういと考えた。何か問題が起きたとき殺人という選択肢が頭に浮かぶのは良くない。

剛一は子供たちに「私が澄を殺した」と教え「その報いで苦しんでいる」姿を見せなければならないと決意する。だが「妖怪の力を借りて 澄 を殺した」といっても受け入れられるとは思えない。押し付けられた説明だけでは納得しないと考えた。

そこで剛一は、子どもたちに自分たち件について考えさせ、その過程で剛一への疑いを増幅させることを狙った。「剛一が犯人とする筋の通った説明を出す」ことができた者に遺産分与での優先権を与えることとした。

剛一の岩永への要求は「誰の説明が一番優れているか、判定をして欲しい」というものだった。

長男亮馬の代理人として娘の莉音、長女薫子の代理人として夫の耕也、そして次男の晋の3人が一堂に会し、岩永の仕切りで話を進めていく。

その過程で、剛一も知らなかった事実が明らかになっていった。

感想

「たった一つの真実」を探すミステリではなく、事実を上手く説明する好都合な「虚構」を考え出していく話だ。

本作では、あらためて「真実」が問われたが、それも岩永が「真実」を求めようとしているのではなく、彼女の守るべき「秩序」を大切にした結果だった。

最後で「真実」が問われる展開になっても「妖怪からの報告」を根拠としているので、ミステリとしての厳密さはない。論理パズルを期待する人は肩透かし感を持つかもしれない。

だが本書で興味深いのは、岩永の「真実」との向き合い方だ。
「真実」を猛進すると、そこに人間の主観が入っていることから目を背けてしまう。主体的な「虚構」を築くためには、「真実」より強力な確たる行動原理を必要とする。

公正であるかどうか、人が判断できるものでしょうか。そこに何らかの不純、不備、あるいは人間的な気まぐれが紛れ込んでいないと言えるのですか?

と、岩永の行動が独善的ではないのかと問う。
だが「真実」の切り取り方にも「何らかの不純、不備、人間的な気まぐれ」が含まれているのだ。

人間にできるのは「真実」だって曖昧だし、自分の判断が「公正」とは言えない。それでも、だからこそ「主体的に確たる行動原理を築こう」という意思を持ち続けなければならないのだろう。

こちらで購入可能