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ヒポクラテスの試練

ヒポクラテスの試練 法医学ミステリー「ヒポクラテス」

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あらすじ ⁻ ネタバレあり

解剖医の栂野真琴が、法医学会で著名な光崎教授の元、死体マニアのキャシー准教授、捜査一課刑事の古手川たちと一緒に死体に隠されたなぞを解く。
法医学ミステリー「ヒポクラテス」シリーズの第3弾。

光崎の旧友、内科医の南条が相談を持ち掛けてきた。

元都議会議員だった後藤が、南条の病院に運び込まれそのまま死亡した。
MRIで肝臓全体に腫瘍が認められ肝臓がんと診断されて、病理解剖の必要はないと判断される。だが南条は、9カ月前の検診で異状は発見されず直前まで自覚症状も無かった、突然の死に違和感を覚えた。

後藤の親族は甥の出雲だけだった。出雲が解剖を認めなかったため、そのまま火葬されようとしていたが、南条は納得がいかない。そこで光崎に甥を説得して解剖して欲しいと頼んできたのだった。

甥の出雲は後藤の資産を狙い、彼の健康を害するため「事故米」を混ぜた米を食べさせていた。
「事故米」は長期間倉庫保管されカビが生えたような米で、一般に食用ではなく飼料や肥料として使われるものだった。
出雲が混入させた事故米にも、発がん性のあるカビ毒が発見された。だが毒性はごく軽微で、実際にこのカビ毒が肝臓がんの原因になったとは考えられなかった。

「後藤の死因は事故米ではない」を証明するという理由で許可を取り付け解剖すると、後藤の肝臓には寄生虫「エキノコックス」が巣食っていた。

エキノコックスは、犬や猫、狐などの動物のフンに混入した卵胞が人体に入り込み、一般に10年から20年という長い期間にゆっくりと増殖し肝機能障害を起こす。だが、今回は直前まで自覚症状がないまま急激に悪化した。
猛烈な増殖性を持つエキノコックスの「変異体」であると思われ、広がってしまうとパンデミックを引き起こす危険性があった。

真琴たちは被害拡大を防ぐため、後藤がエキノコックスに感染した経緯を調べたる。

同じような症例を探していると、箕輪という男が、直前まで自覚症状がなく急激に悪化した肝臓がんで亡くなったという情報を得る。解剖の結果、箕輪の肝臓にもエキノコックスが見つかった。

エキノコックスでの死亡例が続いたことで、緊迫感が走る。

真琴たちは、二人が数年前にニューヨークへの視察旅行に行っていたことを突き止めた。視察旅行に同行した数名に話を聞き訪問先は掴んだが、訪れたレストランなど感染の可能性がある場祖については全員が口をつぐんだ。

視察団の訪問先にニューヨーク検死局が含まれていたため、元ニューヨーク市民で検死局に知り合いもいるキャシーが、真琴と一緒に現地まで調査に向かった。

ニューヨーク検死局副局長のペギョンが真琴たちを迎える。
ペギョンは日本からの視察団のことは覚えていなかったが、検死局の局長がエキノコックスで死んでいたことを打ち明ける。
彼もまた事前に自覚症状はなく、急激に悪化して死んでいて、突然変異種のエキノコックスに冒されたものだと思われた。

真琴とキャシーは、わずかな手がかりから視察団の足跡を追っていく。

感想

シリーズ第3弾で、ググッとスケールが広がった。

2作目までは、司法解剖予算が少ないことで、多くの異状死が文字通り「闇に葬られ」ていることを問題視していた。

本作では「法医学」の範囲を超えて、人間の醜い面を浮き彫りにし、マイノリティ差別の問題にも切り込んでいる。

本書が著されたのは2017年だ。前年にトランプが大統領就任したことは、米国で「白人至上主義」が根強いことを表していた。数年後には、警官による黒人の射殺などもなり、対立は過激化している。
ちょうど今日、新大統領が就任したが、トップが変わったところで問題の根深さは一朝一夕で解消されることはないだろう。

この作品では犯人の「静かな殺意」が、マイノリティ差別の陰湿さを感じさせる。直接的な暴力に訴えるデモなどよりよっぽど怖いし、それだけ「恨みの深さ」を感じさせる。

解剖医の視点からすれば、人種的な違いなんて、ほぼ皮一枚の話で、腹を掻っ捌いて内臓を引きずり出せば、大した違いがないのだろう。

それでも、「一枚の皮」は人の心に大きな影響を及ぼす。
人間の感情は身体に深く依存している。文化的な皮を剥ぎ取って相手を見ることは不可能なのだろう。

「死体マニア」の光崎やキャシーのように、身体を徹底的に即物的に見ることは現実には難しい。文化的な障壁を一つずつ崩していくしかないのだろう。長い時間がかかるにしても。

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