BookLetでは、ビジネス書や小説の1000文字程度のオリジナルレビューを掲載しています。

悪魔を憐れむ

悪魔を憐れむ

こちらで購入可能

あらすじ

タック、タカチ、ウサコ、ボアンの推理シリーズ。
大学を卒業しそれぞれの道を歩み始めた4人が関わる4つの事件の短編。

  • 無間呪縛

タック(匠千暁)とウサコ(羽迫由起子)は、知り合いの平塚刑事の実家で起きる怪奇現象について相談を受ける。

20年ほど前、平塚刑事の実家で事件が起きた。

家政婦は未婚の母で、まだ幼かった娘は、普段は祖母と二人で暮らしていた。

だが平塚刑事の母である巳羽子の提案で、家族旅行で不在となる間、家政婦の娘を呼び寄せた。巳羽子は娘に、当時まだ珍しかったテレビを「好きなだけ見ていい」という。

翌朝、居間のソファで娘が死んでいた。

毛布にくるまれ、顔を置時計で叩き潰されていた。
娘の死にショックを受けた家政婦も姿を消し自殺してしまう。

それ以降、家族は別館に移り、その建物は使われなくなった。
数年後、建物を取り壊すことになったが、平塚刑事の父親は事件の起きた居間だけは、その状態のまま保存することを厳命する。

居間を残すのは無駄だという親族に対し、父親は「一晩そこで過ごし、何事も無ければ取り壊してもいい」といった。だが、その居間に泊まった人は全員が「夜中に異音を聞き、ソファに置時計が投げつけられている」のをみた。

父親の死後は、母親の巳羽子も、建物の保存を命じた。
当初は一切の立ち入りを禁じていたが、あるときからは父親と同じように「何ごともなく一晩を過ごせば、取り壊してもいい」と言うようになった。

それ以降も、誰かが居間に泊まるたびに怪奇現象は続いた。

平塚刑事はタックとウサコに、真相の解明を依頼する。

  • 悪魔を憐れむ

タックは、馴染みの居酒屋店長の篠塚から奇妙な依頼を受けた。

退官した大学の講師の小岩井先生が、孫の自殺の責任を感じて、孫と同じ日に同じ場所で自殺をするかもしれないから、見張っていて欲しいのだという。

タックは、小岩井の孫が死んだ旧校舎の入り口で見張っていたが、彼が気付かぬうちに、上の階に昇り飛び降りて死んでしまった。

タックが篠塚に報告に行くと、彼は小岩井が孫と同じ首吊り自殺ではなく、飛び降りて死んだことに違和感を覚えていた。

篠塚は、事件当日、旧校舎で演劇部の練習をしていた胡麻本も店に呼び話を聞く。一方、篠塚の妻が変装して現場付近にいたことが発覚した。

胡麻本はある仮説をもって篠塚の元に向かう。

  • 意匠の切断

タックとタカチ(高瀬千帆)は、知り合いの刑事佐伯から相談を受ける。

2年前、切断された死体が放置される事件が起こった。
1人の女性と2人の男性がアパートの一室で殺される。女性と男性一人の頭部と手首が切り取られ、それぞれ深夜早朝に歩いていた女性に発見された。もう一人の男性の死体は、切り取られることなく現場にそのまま残っていた。

死体の頭と手首を切り取った意図が分からない。
胴体は殺害現場に残っていたし、死体の一つは全く切り取られていないので、証拠隠滅のためとは考えにくい。
猟奇趣味による死体損壊だとすると、死体の一つがそのままだったことに違和感が残る。

怨恨だとすると、死体を切り取られた2人への恨みと考えられるが、2人は出会ってまだ日が浅く、共通して敵意を抱く人物像を絞ることができない。

また佐伯刑事は、この事件の数か月前に、近くで起きたバラバラ殺人事件にも言及する。こちらは手足全てが切り離された死体が、ゴミ袋に包まれ捨てられる事件だった。

二つの事件に繋がりはあるのか。
犯人が死体を切り離したのには、どのような意図があったのか。
タックとタカチは推理を戦わせる。

  • 死は天秤にかけられて

タックはボアン(辺見祐輔)の就職祝いをしていた。

店にいた男が電話で「勝手に転んだくせにいい加減にしろ」と、激高しているのをみる。タックは、その男が以前ホテルで不審な動きをしていたことを思い出した。

タックはホテルでタカチの到着を待っていたが、飛行機の遅れで数時間とどまっていた。

そこでその男は、最初9階に昇っていったが、その後数時間外出し、戻ってくると今度は7階に向かった。
その頃タカチが到着し、彼女の部屋がある12階に上がると、客室で怪我をした女性が騒いでいるのを見る。さらに翌朝、タックとタカチが朝食会場前で待っていると、その男が今度は5階から降りてきた。

その時は少し不審に思っただけだったが、店での男の会話を聞き、12階で怪我をした女性と結びつく。

ボアンは安楽椅子探偵として、その男の行動の意味を推理した。

感想


4編全てが「どうして」を問うワイダニット。その理由に「人間の業」を感じさせる。

1つめの『無間呪縛』は、「自分自身すらを騙そうとする妄想」が凄まじい。作中作として挿入された「タカチの知り合いの兄の話」の印象が強く、本筋の話を食ってしまうくらいだった。

2話目の『悪魔を憐れむ』は、西澤氏作品に共通して感じられる「善意で他人をコントロールすることへの嫌悪」がベースになっている。そこまでは他作品と同じなのだが、「悪意で人をコントロール」する人間との対比で「やっぱ善意で突き進む人間の方がたちが悪い」ように見えるのが強烈だ。

3話目の『意匠の切断』もワイダニットだが「推理パズル」に寄った内容でリアリティが薄く、本書の他作品ほどの凄みは感じなかった。

4話目の『死は天秤にかけられて』も面白い。
人の自意識、とくに集団の中でのポジション取りは「時に死よりも重い」という話だ。マウントを取り合うマウンティング・マウンテンのトップクライマーは、山頂で何を見るのだろうか。

人の業の深さが恐ろしい作品だった。



「タック・タカチ」シリーズは版元が分かれていることもあって、シリーズ時系列がわかりにくい。

本書後書きで、作者自身が親切にも解説してくれた。

①彼女が死んだ夜
②麦酒の家の冒険
③仔羊たちの聖夜
④スコッチ・ゲーム
⑤依存
⑥身代わり
⑦解体諸因
⑧謎亭論処
⑨黒の貴婦人
⑩悪魔を憐れむ
ということだ。

①から④が大学2回生、⑤⑥が3回生の時の話。⑦~⑩は短編集で時系列はバラけている。

作品世界にどっぷりハマったので、未読の作品を読んでいこう。

こちらで購入可能