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あの頃の誰か

あの頃の誰か

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あらすじ

1980年代から90年代にかけて書かれた短編集。
バブル期の香りが漂う、東野圭吾氏の初期作品。

  • シャレードがいっぱい

津田弥生は、「思ったほど金回りの良くない」恋人の北沢孝典に別れを切り出そうと考えていた。

だがその日、待ち合わせ場所に孝典は現れず、彼はマンションで殺されていた。
遺体の手元にはマジックペンで”A”と読める文字が書かれていた。

弥生は、孝典の葬儀の帰り道、彼を支援していた実業家中瀬公次郎の秘書に声をかけられる。

同じ頃、孝典の大学時代の友人を自称する男も、弥生に接近し事情を探ろうとしていた。

公次郎は、子供だけでなく親類に遺産を分配するという遺書を買いていたが、愛人が産んだ娘が見つかり、親類への遺産分配を取りやめ彼女に遺産を残すため、遺書を書き換えたのだという。

今、公次郎は病に倒れ意識不明の状態だったが、公次郎が書き換えたという遺書はなくなっていた。

孝典を殺した犯人は、公次郎の家にでいりしていた彼が遺書を持ち去ったと考えたのだろう、と弥生は推理し調査していく。

  • レイコと玲子

浅野葉子が深夜自宅マンションに戻ると、駐車場に記憶をなくした少女がいた。

所持品から少女の名前はレイコだとわかる。
翌日葉子は、レイコの記憶を取り戻すため、彼女の前夜の足跡をたどった。

同じ夜、近くで公衆電話をかけようとしていた男性が、刃物で刺され殺される事件が起きていた。目撃情報から作られた容疑者のモンタージュはレイコにそっくりだった。

葉子の恋人がレイコに話しかけると、彼女は急に凶暴化し、多重人格の症状を見せる。男性に対して強い嫌悪感を持っていることが感じられた。

葉子は彼女の過去を紐解いていく。

  • 再生魔術の女

根岸峰和とその妻は、中尾章代の仲介で赤ん坊を養子にしようとしていた。

章代は峰和に「赤ん坊の親になるための条件」を出し、数年前に殺された彼女の妹の話を始める。

章代は、妹が当時付き合っていた男性に殺されたのだと考えていた。
同じ時期、逆玉結婚をした峰和に疑いをかけ、じわじわと追い詰めていく。

章代が明かす「赤ん坊」の正体に峰和は驚愕する。

  • さよなら『お父さん』

杉本平介は飛行機事故のニュースに驚愕する。
娘の加奈江は一命を取り留めたが、妻の暢子は死んでしまった。

だが、意識を取り戻した加奈江は「自分は暢子」なのだという。
確かに彼女は暢子しか知らないはずにことを知っていて、雰囲気も間違いなく暢子のものだった。

加奈江の体に宿った暢子と平介の不思議な共同生活が始まる。

加奈江(暢子)は、家の中では家事などは完璧にこなす妻として、対外的には小学生としての生活をしていった。

やがて、加奈江(暢子)は成長し、少しずつすれ違いが起こっていった。

  • 名探偵退場

老いた名探偵アンソニー・ワイクは、久しぶりに事件の解決に携わる。

通信が絶たれたクローズドサークルの状況で、数十年前にアンソニーが解決した「魔王館殺人」と酷似した事件だった。

彼は自信を持って推理したが、関係者を集め「解答編」を始めようとした時、心臓の問題で急に体が動かなくなってしまう。

安静にされ話すことができない状況で、関係者たちの好き勝手な推理に苛立つアンソニーだったが、「証言者の勘違い」「催眠術」「秘密の通路」など、本格ミステリの「お約束違反」が頻発し、彼の推理は覆されてしまった。

  • 女も虎も

殿様の妾お猟に手をつけた真之介は「女か虎か」という処刑に処せられた。

三つの扉の前に立たされどちらかを選ぶ。
一つには女性が、もう一つには虎が、最後の一つには秘密の何かが入っている。女性の方の扉を開けば助かるが、虎の方を開くと命がないという、運の要素によった処刑方法だ。

処刑場に連れて行かれるとき、真之介はお猟とすれ違う。
そこで彼女は「3番目の扉を選びなさい」と彼に伝えた。

  • 眠りたい死にたくない

筒井は憧れていた山崎ユリカに食事に誘われ舞い上がっていた。

だがその帰り道、二軒目に向かう途中に筒井は意識を失ってしまう。
気がつくと筒井はどこかの部屋で縛られ監禁されていた。

眠たいが、眠ってしまうと首が締まる仕掛けで、筒井は必死に睡魔と闘いながら、何が起こったのかを考えていた。

  • 二十年目の約束

村上照彦は亜沙子にプロポーズする時「子供は作らないつもりだ」と伝えた。

子供にこだわりのなかった亜沙子はその条件を受け入れたが、海外赴任で孤独になり、鬱状態に陥ってしまう。
照彦は、朝子の実家に一時帰国したとき、それまでははぐらかしていた子供の話題を受け「子供を作るつもり」だと言った。

照彦は過去にケリをつけるため故郷に戻る。
亜沙子はこっそり彼を尾行し、夫を縛っている過去の出来事を探ろうとした。

感想

版元の問題だったり、長編の元作品だったり、内容的に気に入っていなかったり、「わけあり」で日の目を見ることのなかった作品を集めた短編集だ。

とはいえどの作品も十分面白かったし、東野圭吾氏の「文章の読みやすさ」には驚嘆した。

色々な作者のミステリを読んでいて、登場人物の関係やプロット展開に、どこか引っかかって「読みにくい」と感じることがあるのだけれど、東野氏の作品は、本人評価の低いものでも、その読みやすさは圧倒的だった。

本当に頭の良い人なのだと思う。

中でも面白かったのは『再生魔女の女』と『名探偵退場』

『再生魔女の女』は倒叙スタイルで、犯人視点で追い込まれていくのはそれだけでも怖い。本作では追い込んでくる女性の不気味さが際立ってゾッとする話だった。

『名探偵退場』は「本格推理」をディスりながらも、その様式美への愛を感じさせる作品だ。

名探偵なんて魔法使いと同じファンタジーだ。でもそのフォーマットがあるから考えるポイントが定まってくるし、敢えてそこを外す叙述トリックみたいなのもいきてくる。

頑張ってリアルに寄せたり、社会メッセージを混ぜ込んだような話もすきだけど、ファンタジーとしての「名探偵」もやっぱり好きだ。

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