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安いニッポン 「価格」が示す停滞

安いニッポン 「価格」が示す停滞

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要約

  • 日本の物価の安さ

多くの諸外国と比べて日本の物価は安い。

例えばディズニーランドの入場料は、欧米や中国より低く、実際に世界最安だ。ダイソーでも日本の110円は世界最安で、タイやブラジルなどでの価格も下回っている。外食でも日本のようにワンコイン(500円相当)で満足いくランチが食べられる国はない。

10年以上前であれば安く感じた中国やタイの物価が、今の日本人には高く感じられる。

これは「賃金が上がらない→高いものが売れない→値上げができない」という循環が続き、長期デフレ傾向が固定化されたためだと、著者は分析している。

  • 日本の賃金の安さ

例えばサンフランシスコでは、年収1400万円の世帯は「低所得者」に分類されている。日本で1000万円超の年収があれば普通に生活できるが、多くの国では不十分となってしまう。

日本ではここ30年ほど賃金が伸びていない

著者はその理由として2点を挙げる。
①労働生産性が低い
 日本の労働生産性は先進国中で最下位。長時間働いている割に成果に結びついていない。

②賃金交渉のメカニズム
 年功序列の考えは薄まりつつはあるが、未だ残っている。賃上げ交渉も労使一括交渉が基本で横並びなりがちだ。優秀な人材に高い給与を提示するのも難しく、結果的に給与レンジに上限の壁ができている。

  • 外資の流入

日本の土地が買われている。
ニセコなど日本の観光地は、諸外国相場で見ると割安で、外資が流入して来ている。そこでは、ホテルや外食費なども日本水準ではなく、欧米やアジアなど諸外国からの観光客が中心になっている。

日本の技術も買われている。
日本では電機や自動車などの産業で、最終セットを作るメーカの力が落ちてきているが、部品や素材などのレイヤーで優秀な技術を持ち競争力のある企業が多い。だが技術はあっても、日本国外のセットメーカに販売する能力のない中小規模の会社は苦戦している。
中国などの企業から見て、日本企業は相対的に安く、優秀な部品メーカなどを買収する動きが加速している。

人材も買われている。
日本型の採用や賃金交渉の制度のため、優秀な人材を確保することができなくなっている。日本人が外資企業から高額賃金で引き抜かれるケースは多くないが、日本企業の海外での採用が難しくなり、結果海外での活動が拡大しないという悪循環が生じている。

中国のアニメ制作会社なども、日本人の方が低賃金であるため下請発注をしている。そのため、日本のアニメ制作会社が優秀な人材確保をできない状況が生じている。

  • 安い日本の未来

日本の物価が安いことで、中国人による「爆買い」など一時的なインバウンド需要を引き起こしている。

だが、ブランドバックなどの高級品は、中国人にとっては安く感じられても、日本人には高嶺の花になってしまう傾向にある。
また、人材が流出し海外で戦える人間が減ってしまうことも懸念される。

個人、企業、国は「安い日本」から脱する施策を考える必要があるとしている。

感想

私自身、海外での生活が長く、ここ最近日本の物価が安いことは痛感している。
1000円くらいのランチのクオリティーの高さには感動しかない。正直、個人的には悪い傾向じゃないと感じている。

日本だけのガラパゴス現象だから歪だが、長期的には「世界中で、あらゆるものの生産コストが下がって、誰でも必要な物を手に入れられる状況」になればいいと思う。

そのために、日本の長期デフレから学べることがある。

ここ30年ほどの現実をみると、政府による金融政策は、デフレ対策として十分機能していないと言える。

根本的に「価格上昇への抵抗感」が強すぎるのだ。そしてその最大の原因は「高齢化」だ。

インフレ状況下では、物価も給与も上がる。「手元の資産よりも、お金を稼ぐ力」が重要になる。

一方デフレ下では、物価も給与も下がるので「お金を稼ぐ力より、手元の資産」が強くなる。

今の日本の社会では高齢化が進み、生産者としては経済活動からドロップアウトしてしまった人が増えている。そして社会的に力を持っているのは高齢者だ。

経済学者のピケティは「r>g」という数式で、世界では長期的に「資本収益率は経済成長率を上回っている」ことを示した。
噛み砕いていうと「頑張って働くより資産運用の方がマシ」ということだ。

結局、社会的には「すでに資産を手に入れた者」が力を持つので、戦争などの特殊な状況を除くと、デフレが好まれるということになるだろう。


だがここに、平均寿命の延伸、特に健康寿命の長期化傾向という要素が加わっている。

健康な高齢者が「一定の年齢なったから引退」する必要はなく「お金を稼ぐ力=社会に価値貢献する力」を持ち続けてもいい。
そうすることで「資産とお金を稼ぐ力」のバランス感覚を、若者と高齢者で共有できるようになる。

今の現役世代は、ITなど以前にはなかった武器を持っている。
尖った人たちは、その武器で既得権益と戦おうとしているようだ。

だがむしろ、武器を渡して、同じ土俵に引き摺り込んだ方が、両者にメリットがあるのではないだろうか。

人口が変わらなければ「必要なもの」の量は変わらない。
一方で生産活動に携わる人の数が増えれば「相対的な必要コスト」は下がっていく。さらにAIやロボティクスなどの技術は、コスト低減を後押しするだろう。

そういう形で、世界にデフレが広がって欲しい。

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