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セイレーンの懺悔

人が、組織が、国が、同じ過ち、同じ悲劇を繰り返さないように、目を見開き、耳を澄ませること『セイレーンの懺悔』

こちらで購入可能

10年後のマスコミはどうなってるんだろう。


中山七里さんによる、ギリシア神話タイトル作品群の一つ。

このシリーズでは社会的な問題に切り込む話が多い。『ネメシスの使者』では死刑制度の是非を問い、『テミスの剣』では冤罪を生む司法の構造に疑問を投げかけた。本作『セイレーンの懺悔』では、マスコミが抱える問題を提起している。

主人公の新人記者は言う。
「力を持ったマスコミが取るべき行動は、人が、組織が、国が、同じ過ち、同じ悲劇を繰り返さないように、目を見開き、耳を澄ませることです」と。

以下、個人的な感想です。


【マスコミの問題点】
マスコミの収益構造に問題がある。

マスコミが「国民の知る権利を果たし、権力を監視すること」という使命感を持っているのは確かだろう。でも「お金を稼ぐ仕組み」は、その使命を果たすのに適した形になっていない。

現状、マスコミの収益はスポンサーからの広告収入が大きい。「どれだけ多く見られるか」で収益が変わるので、内部では「どれだけ多くの人の目を集められたか」が大切になる。
新聞や雑誌などは、それ自体の料金と広告収入の組み合わせだけど「多くの人の目を集める」ことが必要なのは変わらない。

受け手側は「日常に直結する役立ち情報」や「感情を揺さぶる事件」や「こいつらよりは自分がマシというルサンチマン」を求める。社会を変えるような重大な出来事でも「地味」だと興味を持たれない。マスコミはそこを狙う。

だから発信側も「読者・視聴者の興味を惹き感情を揺さぶる」ことにこだわりすぎて、全体像を見失っていることがあるように思える。

例えば、昨今の新型コロナの話でも「どのワクチンは副反応が、、」とか「レストランでお酒を出さないのは、、」とか「オリンピックはやるのに体育祭は中止なのは、、」とか「視聴者が日常の範囲で受け取れる情報」だったり「自分に関わる正義。公平感から感情を動かす情報」に報道が集中している。最大限のリスクを見積もって対策を取る「グランドデザイン」のような、全体的な視点が抜けてしまっている。

マスコミ側は「読者・視聴者の求めているものを提供している」のだろうが、「求めらるもの以外を主体的に提供することができない」収益の仕組みを見直す必要があるのだと思う。


【ネットメディアの未来】
昨今、ネットメディアが拡大し、大きな構造変化が起きているが、理想的な動きになるのかは、まだわからない。


まず、情報ソースについては不安がある。

誰でも発信できるようになり、日常レベルの話題では情報ソースは圧倒的に増えた。
一方で政治経済の根幹に関わる情報は、今でも新聞テレビといったメディアが一次情報源となっていて、ネットではそこに個人の意見や周辺情報を加えているだけのようにみえる。

今後、従来メディアの収益が落ち、取材力が低下していくと、一次ソースは政府や大手企業側から発信されたものに偏り「権力の監視」という機能が失われてしまうのでは、という不安がある。


一方、収益方法の変化はとても興味深い。

例えばYoutubeは、広告を主な収入源としながら「広告を見ないで済むオプション」にも課金している。

「視聴者は本当は広告なんて見たくない、お金を払ってでも見たくない」ということを白日の下に晒してしまった。実際に広告を目にすると不快感しかなく、商品の認知は高まっても好感度は下がる。ある意味世界最大の広告代理店であるGoogleが「不都合な真実」を認めたのは面白い。

またYoutubeでは「投げ銭」的な仕組みで、視聴者が情報発信者に直接お金を渡せる仕組みも作り、そこから歩合を取る収益方法もとっている。広告以外の直接課金の仕組みも試しているようだ。

ここまでみても「数を集めること」が重要なのは既存メディアと変わらない。それでも、プラットフォーマへの直接課金、情報発信者への直接課金など「収益方法をいろいろと試せる柔軟性」があるのは面白い。

理想的な方向に動いているのかどうかはわからないけれど、変化していることが興味深い。

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あらすじ

テレビ局の報道番組担当の新人記者 朝倉多香美は、先輩の里谷太一と一緒に、女子高生誘拐殺人事件を取材する。

被害者をいじめていた同級生たちが犯人だとスクープ記事を出すが、誤報であることが判明する。誤報の責任を追求され、里谷や番組作成チームは担当を外される。ただ一人朝倉だけが番組に残り、事件の真相を追いかけていった。

事件は二転三転する。そこから浮かび上がってきた被害者の思いとは何だったのか。

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