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鳩の撃退法

真実はいつも一つ、じゃ全然ない「鳩の撃退法」

こちらで購入可能

虚構と現実の境界が溶ける。


(映画はまだ観てないので、原作小説についての感想です)


小説家の津田が地方都市で起きた事件をモチーフに小説を書き、その小説が「劇中劇」のメタフィクションになっている。それぞれのシーンが「現実」なのか「小説内の創作」なのか、境目は意図的にぼかされ「真実」がどこにあるのか見えなくなっていく。

一般的な「叙述トリック」であれば「地の文には嘘はない」などのルールが土台になる。でも本作は最低限の土台もないあやふやさの中で読み進めなければならない。

メタフィクションの構成以外にも、やたらに細かい描写の多さも「真実」を隠している。
ソニーのハンディカムの仕様と操作方法の描写に数ページ費やすのは、単なる寄り道なのか何かのメッセージなのか。
ミルキーが歯にくっつくのは単なる余談なのか、何かの接点を示す伏線なのか。
何を伏線として気にして、何を与太話だとして流すか、余談が多過ぎて情報の拾い方にも正解がみえない。

「何を拾ってどう解釈するかは「名探偵」が勝手に決められるのだから、ミステリは厳密な論理パズルにはなり得ない」という「後期クイーン的問題」がある。
本作はもう一階層メタよりの視点で「全ては作者が勝手に作れるのだから、フィクションに真実を求めるのはマヌケ」と訴えているのではないだろうか。「末期佐藤的問題」と名付けたい。

ということで、私は本作を「たった一つの真実」を求める我々のマヌケさを炙り出す話であり、「唯一の正義」から外れた意見を叩く「同調圧力の強い平和主義者=鳩」を撃退する物語なのだと解釈した。「沼本→ぬもとです」のしつこさに「このマヌケめ」という嘲笑を感じる。

真実を求めるのではなく、揺れ動く真実と虚構の境目に酔いながら「確かなものが何もない世界」を満喫するのが、本書の正しい読み方なのではないだろうか。

ネタバレあらすじ


あまり意味がないかもしれないけれどあらすじ。ネタバレに遠慮する必要もなさそうだ。


地方都市でデリヘル送迎ドライバとして働く津田伸一。彼は前年の2月28日、二つの事件に深く関わっていく。

午前3時ごろ、津田はドーナツ屋で幸地秀吉と出会い、ピーターパンの本について少し会話を交わした。

夜になってデリヘル送迎をしながら、途中に寄ったハンバーガー店で旧知の古本屋 房州老人と話をして、彼の部屋探しのため不動産屋を紹介する。

その後、津田は二人組の男に襲撃される。

怪我をしたまま送迎を続け、途中デリヘルキャストの高峰秀子に頼まれ、郵便局員の晴山を駅まで送り届ける。だが晴山は急遽行き先を変えた。津田は晴山が別の女性の車に乗ってどこかに行くのを目撃した。

その後、津田は深夜営業のガストで、デリヘルの面接で待っていたシングルマザー奥平みなみと、ベビーシッターの網谷千紗と会う。大雪で足止めを食らっていた彼女たちを家に送り届けた。

後日、津田は幸地秀吉と妻子が失踪したことを知る。またほぼ同じ時期に、デリヘルキャストの高峰と彼女のリピータだった晴山青年も姿を消していた。

その1年数ヵ月後、房州老人が死んだという知らせを受ける。
津田は遺品としてかつて老人に売ったキャリーバックを受け取ったが、その中には3000万円を超える札束が入っていた。

札束の内の1枚を床屋で使ってみたところ、偽札だったことが判明し、津田は、その街を取り仕切る「本通り裏のボス」倉田健二郎から追われる身となる。

津田は偽札の詰まったキャリーバックを倉田の手下に渡してその街から離れ、床屋の紹介で中野のバーに勤めることになる。

そこで津田は、彼のファンだという出版社社員に鳥飼なほみと出会い、書き溜めていた「事件を下書きにした小説」を彼女にみせた。

その頃、事件のあった街からNLH職員と名乗る男が「寄付金納入証明書」を持って津田の元を訪れる。彼の話から、キャリーバックに入っていたのはほとんどが本物の一万円札で偽札は数枚だけだった、ということが判明した。

後日、津田がバーで鳥飼たちと話していると、幸地秀吉に似た男が店にやってきて、ピーターパンの本を置いていった。

考察

いくらでも解釈の余地がある作品ではあるのだが、現実と創作が混じりながらも一応は納得のいく筋書きが示されている。その筋書きに沿って「一家3人失踪事件」と「偽札事件」の2つをみながら考察してみたい。

とりあえずの立ち位置として「中野のバーで起きたことだけは事実」と考えたい。


津田が描く「一家3人失踪事件」は、
1. 幸地秀吉の妻、奈々美が浮気して身籠もる
2. 秀吉の友人で裏社会を取り仕切る倉田が、奈々美と浮気相手の晴山を捕まえる
3. 倉田は晴山を殺そうとするが、奈々美は止めようとする
4. 奈々美は、倉田が以前にも、自分を孕ませた男を殺したと信じていた
5. 倉田は奈々美に、秀吉と晴山のどちらかを選ばせ、彼女は秀吉を選んだ
6. 秀吉と奈々美は街を出て行った
7. 秀吉が残した奈々美との行為を撮ったビデオが津田の手に渡る
8. 後日、車ごと湖に沈んだ晴山の死体が発見される。奈々美ではない女性も一緒だった
ということになっている。

実はこのほとんどは「津田の小説内」での創作だ。
客観的事実は、新聞記事になっていた晴山と若い女性の死体が発見された8の部分くらいだろう。そもそも津田と幸地秀吉は事件当日に数分会っただけの関係で、妻の浮気だの裏社会とのつながりだの詳細を知るはずはない。
津田が奈々美の顔を知っていたとも思えず、車に乗って一瞬すれ違っただけの相手が奈々美だったと判断することはできない。さらにいえば、晴山が残したビデオが実際にあったとして、そこに映っていた女性が奈々美だと断定する材料もなかった。

奈々美と晴山の接点を客観的に示す証拠はなく、津田が頭の中で作っただけだ。

つまり解釈の振れ幅としては
・津田は名探偵、小説通りの事件が起こっていた、から
・奈々美と晴山は無関係で、晴山の死体は一家3人失踪事件と無関係な心中によるもの。何なら倉田も別に裏社会のボスとかじゃなく事件とは無関係
まである。

個人的には、後者の方が自然だな、と思う。

もう一つの「偽札事件」は、
1. 倉田が秀吉に封筒を預かってほしいと伝える
2. 妻との話で店に出れなかった秀吉は、店員の岩永に対応を依頼する
3. もう一人の店員、佐野が封筒を持ち出してしまう
4. 佐野が大学生の友人に封筒にあった3万円を貸す
5. 大学生がデリヘルで高峰を呼び料金として3万円支払う
6. 高峰が津田への借金返済に3万円支払う
7. 津田がピーターパンの本に偽札を挟む
8. 奥平の子供がピーターパンの本を偽札ごと持って行ってしまう
9. 後日、奥平が房州老人にピータパンの本と偽札を返す
10. 房州老人の死後、偽札が3000万円超の現金と一緒に津田の手に渡る
11. 津田が床屋でその紙幣を使い、偽札であることが判明する
12. 倉田の追求を恐れた津田はキャリーバッグごと渡して逃げ出した
13. 倉田は偽札以外の金をNLHに寄付
14. 津田の元同棲相手が100万円だけ抜き取っていて津田に返却される
という流れだ。

これについては、実は確実なものは一つもない。
そもそも津田には、岩永や佐野が封筒のやりとりをしたことなど知る可能性はない。筋書きは一応なりたつが、これが事実である根拠は一つも示されていない。

バーで受け取った元同棲相手からの手紙は本当にあったとしても、その内容をそのまま記したのではなく「小説のように」書き直したと言っている。これも脚色があったと考えていいだろう。

偽札事件については「そもそも何も起こってない」というのが、一番あり得る解釈だと思う。

ということで、元も子もないが「津田の書いた小説は、1mmも事実を反映していない」というのが私の解釈。

これだって「どこを解釈の土台とするか」を勝手に決めた上のもので、全くもって唯一解ではあり得ない。作者の掌の上で踊らされる感触を楽しむのが正解なのだろう。

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