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東大教授が考えるあたらしい教養

東大教授が考える新しい教養

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「自由な人格であるためには、自分の思考を自由にする必要があります」

情報技術が進歩して「単純な知識の蓄積」の意義は低下している。

一方で、主体的に情報を選び、相対化し、活用していくことがより大切になってきた。

教養は「知識自体」から「知識を使って思考を発展させていく」ことに重点を移したようだ。

「他者との建設的な議論を通して、思考を発展させていく」ことが重要というのが本書のメインメッセージになるのだと思う。


自分の立場や思考を相対化できる人は、カッコいいし、すごいと思う。

でも、どんなに頭の良い人でも自分一人で考えているだけでは、思考を客観視することはできない。

自分の思考をを相対化するには「他者の視点」が欠かせないし、「安易に他者に同調しない」という姿勢も求められる。

私自身、一人で考えるのが好きで、他人と衝突すると(表面的には)安易に同調してしまう。。
教養ある態度じゃないですね。。

要約

1.教養の本質

「異なる考えや意見を持つ人同士が建設的に議論し思考を発展させていく、そのような思考習慣・行動原理を持つこと」が教養を身につけることだといえる。

そのためには以下のような点が重要になる。

①「思考習慣を持つ」ということ
人は考えることを避けがち。

たとえば誰かと意見が食い違ったとき「あいつは気に食わない」と感情で片付けるのでなく、「なぜ意見が違っているのか」を深く掘り下げて考えてみる。そういう習慣を意識的に見つけることが教養には欠かせない。


②土台となる「専門」を持つ
一つの領域をある程度程度深く学ぶことが教養の土台となる。

自分の軸を持つことで「自分の専門領域とほかの領域の考え方はどう違うか」と考えることができる。学校でも職務上の経験でも良いので、一つ以上の専門領域を作ることが必要。


③「ぶつかり合い」で土台を耕す
自分とは違う考え方を持つ他者と建設的な議論をすることで、自分の軸を自覚的に整理し、思考を発展させていくことができる。

建設的な議論のためには
・相手をリスペクトすること
・同質性の中から抜け出そうとすること
・自分の考えに固執せず相手の考えに同調しない
といったことが必要になる。

④「正解のない問い」を問い続ける
どこかにある「正解」を探すことは「自分で考えている」とはいえない。

「教養」というのは、正解のない問いに対し、意見の異なる他者との議論などを通して、思考を柔軟にし、かつ他者に流されることなく「自分がより良いと考える答え」にたどり着くこと。

他者にも自分自身にも「正解探し」を押し付けないようにすることが重要。

2.教養が身につく習慣

① 情報の選び方
情報を選択するときには、自分が「確からしいと感じること」にはバイアスがかかっていると自覚する必要がある。とくにSNSなどでは「共感しやすい情報が目の前に並ぶよう設計されていること」に留意すべき。

また、判断する必要がある情報であれば、それを「自分ごと」と捉えることも必要。自分ごとと捉えていない情報は「適当に処理する回路」に回され、よく吟味されないまま簡単に信じたりしてしまう。

あるいは、集める段階では「情報を選別しない」というという選択肢もある。どうしてもバイアスがかかるのであれば、判断せずできるだけ広く多く情報を集め、それを「使ったときの有用性」で判断するという手法。「取り返しのつかない一度きりの判断」というのは滅多になく、トライアンドエラーで修正していくのが現実的には有益。


② 思考を組み立てるために「話す」
「きちんとしゃべること」と「思考を組み立てる力」は相関している。「しゃべり方」は受け身では身につかず訓練が必要。
・感情で片付けず自分の違和感を言語化し
・相手をリスペクトし、立場を理解するよう努め
・安易に同調はしない
といったことが「建設的な議論」のために求められる。


③「どちらが正しいか」を競わない
議論は「どちらが正しいか」の決着をつけるためのものではない。お互いに意見が違うという前提で「どう違うのか」「なぜ違うのか」を議論し、相対化した意見を受け入れ合うことが目的。


④ 本は「疑いながら」読む
本から知識を得ることはできる。でも、本に「何らかの正解」を期待してはいけない。

「この本にはこう書いてあるけれど、視点を変えたらどうだろう」というように、疑いながら読むことが重要。同じ分野の本を複数冊読んだり、同じ課題を取り上げている異なる学問分野の本を読んだりするのも有意義。

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