BookLetでは、ビジネス書や小説の1000文字程度のオリジナルレビューを掲載しています。

真夜中のマリオネット

真夜中のマリオネット

こちらで購入可能

操られているのは誰?

かなり暗い「絶望」の話だけど、その分「希望」が光る。

心動かされるお話でした。


医療ミステリ」じゃないけど「医療ドラマ」
知念さんの作品はお医者さんが主人公のものが多いです。
『天久鷹央シリーズ』なんかは、医学知識がミステリを解く鍵になる「医療ミステリ」で「医師の経歴を持つ作者さんならではの作品だよな−」と思ってます。

本書も語り手の秋穂は救急医なのですが、医学知識メインの話ではありません。「医療ミステリ」とはちょっと違う。

それでも「医師が患者と向き合う真剣な姿勢」だとか「令和にしちゃ濃厚すぎる医師の人間関係」だとか「医療の世界で闘う人たち」の真摯な熱さが胸を打ちます。

「こんな腐った世の中」でも「秋穂は前に進めるだろう」と思えました。
「絶望が美しい」とは感じないけれど「絶望の中の希望」は間違いなく美しい。


ちなみに医学知識でいうと「高濃度塩化カリウムでの完全犯罪」というのは参考になりました。お医者様に逆らわないようにします。


「本格ミステリ」じゃないけど「本格サスペンス」
本作の前に出版された「硝子の塔の殺人」は、これでもかっ!と詰め込んだ「全部乗せ本格ミステリ」です。

ほとばしる作者のミステリ愛や、要素てんこ盛りでも破綻せず、ぐいぐい読ませるストーリテラーとしての力量に飲み込まれ、本当に楽しく読めた作品でした。

本作にも「謎」が散りばめられているけれど、提示された要素を分析すれば唯一解がでるような「論理パズル」にはなっていません。「本格ミステリ」のカテゴリには入らないですね。

一緒にいる人間を信じられるのか、「不安」に揺れるサスペンスでした。

とはいえエピローグでの伏線回収は凄まじい。

当初はつながりの見えない無差別殺人にみえたものが、犯人の意図を理解すると全てキッチリ嵌まっていたことに気づく。ミッシングリンクものですね。やっぱりミステリ作家のプロット力でした。


「多重性」じゃなくて「多面性」
ここから先、ネタバレが混じるので未読の方はご注意ください。

本作は人物描写が濃厚だけど、なかでも涼介の描写が素晴らしい。

人には良いところも悪いところもある、というのが人の「多重性」だとすると、一貫した人格でも、どういう立場から見るかで見え方が変わるのは「多面性」だと言えるでしょう。

本作に登場する涼介は掴みどころのない人間にみえて、その行動原理は一貫しています。
彼の「多面性」が本作の一番の魅力だと思います。

秋穂との最初の会話「僕には先生が天使に見えました。本当に綺麗でした」から、別れの直前「魂が腐り落ちそうなほどに絶望した人間は綺麗じゃないですか」まで、言っていることは同じ。でもその時の相手の状況や期待で意味が変わってくる。涼介の行動原理は一貫しているのに、彼を天使とみる人間もいれば、悪魔と罵る人間もいるのです。

涼介の例は極端ですが、自分自身の行動も「多面から見られ解釈されている」し、自分も相手を「ある一面から見ている」のだ、ということを感じさせられました。

あらすじ

救急医の小松秋穂はバイク事故で重傷を負った石田涼介を助けた。

病院に押しかけた刑事は、涼介が連続殺人犯「真夜中の解体魔」だと秋穂に告げるが、涼介は「真犯人に嵌められた」のだという。

かつて「真夜中の解体魔」に婚約者を殺された秋穂は復讐のため真相を追う。

こちらで購入可能