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オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る

オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る

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台湾でデジタル担当政務委員として若くして閣僚となったオードリー・タンさんが、デジタルと世界の関わりについて語ります。

デジタル技術が世界をどのように変えてきたのか。そしてこれからどのように変えていく力があるのか。最前線で変化を見て導いてきた著者の提言はとても興味深いものです。

そして何よりも共感したのが、オードリーさんの「徹底してニュートラルな姿勢」と「奪い合いではなく共同で価値創造していくという世界認識」でした。

心の豊かな人、ですね。


特に印象に残ったポイントを感想を交え語りたいと思います。

AIと説明責任

「AI に仕事を奪われる、人間がAI に使われる」と懸念している人たちがいますが、著者はそれは杞憂だといいます。AI はあくまでも道具であり、どの方向に進むべきかを決めるのは、どこまでいっても人間です。

ディープラーニングの技術が進み、AI が自己学習するようになると、人間にとって「AI はどうやって結果に辿り着いたのか」が見えなくなる、ということはあるでしょう。人間にとって「理屈のわからない結果に従う」ことは不快で、それがAIに対する嫌悪感につながるのは理解できます。

でも実際には人間の思考もプロセスの全てを説明できるわけではありません。本人にも「どうしてその発想が浮かんできたのか」わからないこともあります。それでも思考を「ブリッジ」して分かりやすく説明することで、初めて周囲の人に受け入れられるのです。

著者は、やがてAI も「出した結論を人間の持つ抽象的な観念とブリッジして説明する能力」持つだろうと考えています。

競争原理を捨てて、公共の価値を生み出すことを求める

「今あるモノの取り合いで総量は決まっている、誰かがプラスになればその分他の誰かはマイナスになる」というふうに、世界をゼロサムだと捉えている人がいます。

彼らからみれば「AIやロボットが仕事をするようになれば、その分人間の仕事が奪われる」のでしょうし「AI が自律的な判断をするようになれば、人間の主体性は奪われる」と思えるのでしょう。

なんだか「足元をすくわれるのを怖れて部下に仕事を振れないダメ上司」っぽくもあります。

これに対して著者は「競争ではなく公共の価値を生み出すこと」に目を向けるべきだと言います、

「協力することで全体の価値を増やすことができる」という立場なのでしょう。

優れたプロデューサーと歌い手の出会いが個別の能力を足し算した以上の価値を生み出すように「価値の総量」が増えるなら、分け合っても一人でやるより大きなものを得ることができます。

AIと人間の関係もゼロサムではありません。

AIはあくまで人間が使う道具で、例えば自転車と同じように人間の能力を拡張するものです。人間が進むべき方向を決めた上で、煩雑な判断業務をAIに任せれば楽ができるし、場合によっては人間より高度な判断をしてくれることもあるでしょう。

AIと人間が奪い合うのではなく、AIを使って価値の総量を増やしていくことができれば、社会がより豊かになっていくのだと思います。

デジタルによる民主主義の進化

著者は民主主義という仕組みを信頼しています。

一方で、多様性を大事にし「誰も置き去りにしないインクルーシブ」を実現するためには、いまの議会制の間接民主主義には課題があるという認識です。

その課題を「デジタルの力で改善していこう」といのが著者の現在の取り組みです。

政治を行う側はマスメディアを使って発信することができます。しかし市民の声を政治に届けるには、選挙という限られた機会か、真剣には受け止められない請願などしかありません。

双方向のやり取りができるインターネットは市民からの発信を助けるツールとなる可能性があります。ただ単発でメールで請願したり、無秩序にSNSでバラまいても効果は薄い。

そこで台湾政府は PDIS(Public Digital Innovation Space)やPO(Participation Officer)といった組織を作り、例えば「請願に同意する人が5000名を超えたら、政府は正式に対応しなくてはならない」というような仕組みを運営しています。

「要求を汲み上げるのが上手くなっても全てに応えることはできない、優先順位を決めて資源を配分するのが政治の仕事」というのも正論です。

ただ本書での具体例をみると、課題の抽出に「デジタル技術の活用で問題解決コストを下げる工夫」もセットになっているようです。

ここでも「ゼロサム下での資源争奪」から「資源の総量を増やすor 少ない資源で問題解決する」へのシフトが行われています。



「どのようにみるか」で世界は全く違うものになり得るのですね。

とても刺激的な本でした。

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