BookLetでは、ビジネス書や小説の1000文字程度のオリジナルレビューを掲載しています。

掟上今日子の退職願

こちらで購入可能

あらすじ

寝て起きたらすべて忘れてしまう「忘却探偵」掟上今日子。
一日しか記憶がもたないためとにかく最速で事件を解決し、機密保持上でも不安が無いため警察から協力要請されることも多い。
掟上が最速で事件を解決する4つの短編集。
今回は掟上と同年代の女性警部4人が語り手役となる。

第1話 掟上今日子のバラバラ死体
掟上は佐和沢警部とともに、バラバラ殺人事件の捜査に取り組む。被害者は多くの人から恨まれおり殺害の動機を持つ人間はたくさんいた。
死体をバラバラに切り刻むのにどう考えても2時間以上は必要で、それだけの時間アリバイのない容疑者は一人もいなかった。
掟上は遺体が切断された被害者宅のバスルームに入り、切断時間を短縮する方法がないか検討を始めた。

第2話 掟上今日子の飛び降り死体
掟上は鬼庭警部とともに、野球場のマウンドで現役野球選手が「転落死」した事件について捜査をしていた。
死体の状況は高所から転落して「ほぼ即死」だったように見受けられたが、屋根のない野球場のど真ん中には転落するような「高所」がなかった。また死体は死後に移動させられた形跡もなかった。掟上はバックネットのフェンスや、球場周辺まで高い所を探すが見つからない。
「死ぬのであればマウンドで死にたい」といっていた彼は、何らかの方法で思いを遂げたのだろうか。

第3話 掟上今日子の絞殺死体
掟上は山野辺警部とともに、病院で92歳の男性が絞殺されたと思われる事件を捜査していた。
細い紐のようなもので首を絞められた形跡があり、ナースコールを受けて駆け付けた病院スタッフの蘇生処置もかなわず死亡してしまったという。身内による遺産目当ての殺人である可能性も検討されたが、既に弱りきっていた高齢の病人を敢えて殺すリスクを冒す必要があるとも思えない。
掟上は病室のベッドで横たわったまま、ベッド・ディテクティブとして推理を披露する。

第4話 掟上今日子の水死体
掟上は波止場警部と、公園の池で見つかった男性の水死体について捜査していた。
被害者の恋人が容疑者として挙がっていたが、自宅の近くの公園の水深1.5メートルしかない池は、遺体を隠す場所としては不適切であり、決め手に欠ける状況だった。
掟上は自ら池に潜るなど体を張った捜査で、犯人の意図を探ろうとする。

感想・考察

ミステリでは探偵以外に物語の語り手となる「ワトソン役」がいるケースも多い。推理の思考過程が見えない方が物語として面白いし、エキセントリックな探偵の内面は表現しにくいというのも理由なのだろう。

本シリーズの掟上今日子も「一日しか記憶がもたない」設定で、そんな状況に置かれた人間が何を思うのか一人称視点で語ることは難しい。必然的に語り手役が物語を進行させる形になる。

だが本シリーズが面白いのは、決まったワトソン役がいるわけではなく、各話ごとに異なる依頼者の立場で描かれている点だ。準レギュラー的に何度も登場する語り手はいるが、原則的に非固定だ。

特に本作では、各話の語り手を掟上今日子と同年代の女性に絞ったことで「掟上今日子を通して見るもの」がはっきりと浮かび上がる仕掛けになっている。

第1話の佐和沢警部は、いつも自分の中にバラバラな思いが重なって存在することを感じていた。一つにまとまらない不安定さ、ざわざわした気分を感じていた。そんな彼女は掟上今日子に「ブレない統一された意志」を見つける。

第2話の鬼庭警部は、上司が自分にかける言葉も、自分が他人に思うことも、すべては「自分を投影しているだけだ」と感じていた。そんな彼女は記憶が積みあがらない掟上をみて「『私』が積みあがらなければ自己投影する対象も、感情移入する対象もない」のだと気付き、その恐ろしさを感じる。

第3話の山野辺警部は、民間人である掟上が警察の捜査に介入することを快く思っていなかったが、大人のたしなみとして不快な感情を抑えていた。
だが掟上の揺さぶりで、彼女は職業意識で抑え込んでいた感情を吐露する。

第4話の波止場警部は、婚約者から危険な仕事はやめて欲しいと言われ、警察間を辞める決意をしていた。
だが記憶を積み上げることができず、成長を感じることもできない掟上が持つ仕事への強烈な意欲を見せられ、退職を思いとどまる。

男性が語り部となったときに「魔性の不思議ちゃん」になる掟上今日子も魅力的だが、同性相手に見せる「計り知れない強さ」もまた魅力的だ。

シリーズ続きを読んでみよう。

こちらで購入可能