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ラストレター

ラストレター

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あらすじ

小説家を目指す乙坂鏡史郎は「イベントで鳩を飛ばす仕事」で食いつないでいた。

鏡史郎は中学時代の同窓会に招待され、当時の憧れだった美咲との再会を期待していた。自分が小説家の道にはいるきっかけを作った美咲に会い、ケリをつけたいと考えていた。

だが同窓会に来ていたのは美咲の妹である裕里だった。鏡史郎以外の参加者は裕里を美咲だと思い込み、裕里自身も美咲として振る舞っていた。

やがて、鏡史郎が美咲と一緒に書き上げた中学卒業式の答辞の録音が会場に流れ、いたたまれなくなった鏡史郎は逃げるように会場を抜け出してしまった。

鏡史郎は、帰り道に裕里を見かける。裕里は鏡史郎に正体がバレていると思わず、美咲として受け答えをした。
連絡先を交換した鏡史郎は裕里を通して美咲に届くことを期待し「君にまだずっと恋している」というメッセージを送る。
だが数回のやり取りの後、裕里からの返信は完全に途絶えてしまった。



同窓会の直前、美咲は長女の鮎美と長男の瑛斗を残し死んでしまった。

母親を亡くした直後の慣れない生活を支えるため、夏休みの間、美咲の妹である裕里の娘 颯香が鮎美と一緒に暮らし、瑛斗は裕里の家で暮らすこととなった。

裕里は美咲の死を伝える目的で同窓会会場を訪れたのだが、周囲の勢いの飲まれ本当のことを言い出せず、そのまま美咲として振る舞っていた。中学時代の初恋の相手だった鏡史郎と再会するが、彼に対しても美咲として振る舞った。

裕里は鏡史郎から「君にまだずっと恋している」というメッセージを受け取り、それは美咲に宛てたものだと知りながら動揺する。
そのメッセージを夫に見られ、キレた夫は裕里のスマートフォンを壊してしまった。

裕里は美咲の名前で鏡史郎に郵便で手紙を送った。
鏡史郎は手紙の送り主が裕里であることには気づいていたが、美咲の死は知らず、裕里が美咲を騙り続ける理由は分からなかった。

鏡史郎と裕里の奇妙な文通。鮎美、瑛斗、颯香 たちの交流。
美咲の死が引き起こした「ひと夏の経験」を、それぞれの角度から描き出す。

感想・考察

同名の映画「ラストレター」のノベライズ版。映画監督の岩井俊二本人が執筆している。

丁寧にエピソードを積み上げて、登場人物たちの心象を描き出している。

ストーリーを読んでいると、つい「因果関係が明白で分かりやすいロジック」を求めてしまうが、人の心は複雑で理解可能な因果関係には落とし込めず、膨大なエピソードを積み上げることでその輪郭をつかむことしかできないのだ、と気づかされる。

本書で主人公が
「人はよく要するにという言葉を口にする。人はみな要約した情報を得たがるが、真実とは要約されたものの中に果たして宿るだろうか?命あるものを干して乾かして砕いて磨り潰して粉にしてサプリメントにしたところで、そこに命があると言えるだろうか?」と問うている。
また、
「偶然の集積によってこの世界は出来上がっている。だからその出来事のひとつひとつが、出会う人のひとりひとりが、かけがいのないものなのかも知れない」とも言う。

人生に究極の目的を定め、その実現のために優先順位を定めて、すべての活動をそこにつぎ込んでいく生き方もあるのだろう。
でもその人の人生は、ふと見上げた夜空の月の美しさや、空腹時にがっついたダブルチーズバーガーの美味しさも、そういう些末な出来事すべてをひっくるめて一つの物語になるのだし、些末なことを切り捨ていけば、色の薄い人生になってしまうのではないかとも思う。

一杯のコーヒーを味わって飲むことにしよう。

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