BookLetでは、ビジネス書や小説の1000文字程度のオリジナルレビューを掲載しています。

純喫茶トルンカ しあわせの香り

純喫茶トルンカ しあわせの香り

こちらで購入可能

あらすじ

純喫茶トルンカ』の続編。
昭和の雰囲気が残る谷中の路地裏にひっそりたたずむ喫茶店トルンカが舞台とした物語。前作からの伏線回収などもあるので順番に読むことを推奨。

午後のショパン
トルンカ開店時からの常連客 千代子ばあさんのお話。
70年以上前の戦時中、まだ幼かった千代子は、近所に住む青年 春日井武彦に憧れていた。時々武彦の家に行き外の世界の話を聞いたり、ショパンのレコードを聴いたりしていた。だがやがて武彦は徴兵され戦争に行ってしまう。

終戦後に武彦は戻ってきたが、心に傷を受け家に閉じこもりきりになってしまう。心配した千代子は頻繁に武彦さんの部屋に行ったが、彼は原稿用紙に何かを書きつけるだけで話をすることもほとんどなかった。
ある日、ショパンのエチュードが流れる武彦の部屋で千代子が息苦しを感じて窓を開けると彼の原稿が風に舞ってしまう。その一シーンがずっと千代子の記憶に焼き付いていた。

「武彦さんは戦争でおかしくなってしまった」と周囲から噂され、千代子も彼に会うことを禁止されてしまう。
やがて他の男と結婚した千代子は武彦のことを忘れていくが、夫と離婚し長い一人暮らしをする中、武彦の部屋にかかっていたショパンの曲をトルンカで聞き、彼のことを思い出した。
千代子にとって武彦は「人生を振り返ってみてどうしても会いたい人」だった。

その頃、映画の一シーンの舞台としてトルンカを使いたいという申し出を受け、マスターは店を貸し出すこととした。
撮影当日見学に行った千代子は、エキストラとして撮影に参加することになった。

シェード・ツリーの憂鬱
立花雫はトルンカの看板娘を自任するマスターの娘だった。
雫の幼馴染である鈴村浩太はまだ小学生だった6年前、雫の姉である菫が病気で亡くなる直前に、雫を守ってほしいと頼まれていた。
「強い日光に弱いコーヒーの木を守るため隣に植えられるシェード・ツリーのように、素直な分傷つきやすい雫を守ってほしい」と。

勉強もスポーツも器用にこなす浩太は、努力の跡をみせずテストで好成績を取ったり、所属していたバレー部で上級生からレギュラーの座を奪ったりして、恨みも買っていた。嫌がらせもされていたが弱さはみせず飄々とした態度で乗り切っていた。だが徐々にダメージが蓄積してきた浩太は、部活をさぼりがちとなり部員と対立してしまう。

そんな時、浩太はトルンカでの映画撮影にやって来た女優に 死んだ菫と似た雰囲気を感じ取り、彼女にアプローチをかけた。
浩太は誰にも言えなかった苦しみを彼女に打ち明ける。

旅立ちの季節
トルンカの常連客である本庄絢子は、フリーのイラストレーターだった。生活のため谷中の花屋でバイトをしながら、体力を削ってイラスト描きに取り組む毎日だった。

ある日、絢子は美大時代に付き合っていた宇津井と偶然再会する。
鬱のため会社を辞め経済的に苦しんでいた宇津井をみて、絢子はトルンカでのバイトを紹介する。家賃の支払にもこまっていたため、自宅でのルームシェアも始めた。

絢子は画風が合わないという理由で契約していた雑誌社から切られ、何を描けばよいのか分からなくなってしまう。今まで以上にイラスト描きに体力をつぎ込んだ結果、過労で倒れ病院に運ばれてしまった。

回復した絢子は、宇津井と一緒に油絵描きを再開した。
描くことの楽しさを思い出した絢子は、自分には経験が足りないことを知る。寛恕は長い旅に出て新しい経験を積むことを決意した。

感想・考察

武彦の背中をただ見ていただけの千代子が、彼の人生に意味を与えていた。
幼いころの約束で雫を守っていた浩太は、雫から多くのものをもらっていた。
苦しんでいる友人を助けた絢子も、彼の存在に救われていた。

自分には力がないと思っていても、相手の人生に意味を与えているかもしれないし、相手に与えているつもりで、もっと多くのものを得ているかもしれない。

卑下せず奢らず、真摯に人間関係を築いていくことが人生を豊かにする。
そんなメッセージが込められた、淡々としながら温かい話だった。

こちらで購入可能

コメント