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夜行

夜行

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あらすじ

京都鞍馬の火祭の日、10年前の火祭で失踪した長谷川さんをおもう大橋君が、当時の5人の友人たちに声をかけ集めた。
5人は語った思い出話には、岸田道生の手による「夜行」という銅版画の連作が登場する。

  • 第一夜 尾道

グループのリーダー的存在である中川の回想。

5年ほど前、中川の妻の様子がおかしくなり、ある日姿を消してしまった。電話をかけると「尾道に来て知り合いの雑貨店を手伝っている」と言う。
妻を迎えるため中川も尾道に出向いたが、妻が働いているという雑貨店はとても営業中には見えなかった。建物から出てきた女性は妻そっくりだったが、彼女は別人で中川の妻のことは全く知らないという。
中川が宿泊したホテルロビーに飾られた、岸田道生の「夜行-尾道」という絵には、その日訪れた雑貨店のある一軒家にそっくりだった。

  • 第二夜 奥飛騨

グループで一番年下の武田の回想。

4年ほど前、武田は勤務先の先輩 増田に誘われ、増田の恋人美弥、その妹瑠璃の4人で奥飛騨に出かけた。

旅行二日目から美弥の機嫌が悪くなり、険悪な雰囲気が漂い始める。途中立ち往生していた女性を車に乗せたが「未来が見える」という彼女は「死相が出ているからすぐに東京へ帰れ」という。

立ち寄った喫茶店で武田と美弥は、岸田道生の「夜行-奥飛騨」という絵を見る。そこには黒々とした山の谷間を抜けるドライブウェイとトンネルが描かれ、顔のない女性が招くように手を上げていた。

  • 第三夜 津軽

藤村玲子の話。

3年ほど前、玲子は夫とその友人児島と一緒に夜行列車で津軽への旅行に出かけた。
途中、越後湯沢付近のトンネルを抜けたときに窓の外が青白く光った。児島は「家が燃えていて、その横に手を振る女性がいた」という。

目的地に着くと児島は、玲子たちを三角屋根の一軒家に連れていった。彼は「これは夜の家」だといい、玲子はかつて児島と一緒に画廊で見た岸田道生の「夜行-津軽」という絵を思い出した。

その後、児島は姿を消してしまい玲子は夫と宿泊地へ向かった。途中玲子は、小学生のころ親しかった佳奈ちゃんと児島が手を繋いでいる姿を見たが、夫は「そこには誰もいなかった」という。

  • 第四夜 天竜峡

グループ最年長の田辺の回想。

2年前、豊橋の実家に戻るために乗った電車で、純朴そうな女子高生と胡散臭い感じの僧侶と乗り合わせる。
相手の内面を「見る」ことができるという僧侶は、田辺の心にあった「夜の家」を言い当てたが、その僧侶は以前「岸田サロン」で会い面識のあった佐伯だった。

画家の岸田道生が5年前に亡くなるまで、彼のアトリエには多くの人が集まり、「岸田サロン」と呼ばれていた。
岸田が作品を作るのは夜間だけで、アトリエ内に設けた暗室で着想を得ていた。
各地の夜を描いた「夜行」シリーズ48点のほかに朝を描いた「曙行」シリーズも手掛けていたというが、現物を見たものはいない。

  • 最終夜 鞍馬

今回の集まりを主宰した大橋の視点の話。

それぞれの話を聞き終えた5人は叡山電車に乗って火祭を見に行くが、すでに時間は遅く祭りは終わっていた。
祭りの後の寂しい道を歩いていた大橋は、他の4人とはぐれてしまう。

ネタバレ考察

「春風の花を散らすを見る夢は さめても胸のさわぐなり」

挿入された和歌が示す通り「夢の中の夢」の不確かさが怖さに転じる話で、唯一の解釈がある訳ではない。
森見さんの著作では、意味を求めて安心しようとする態度を「ナンセンス」で皮肉ることが多く、本作もそういう流れなのかもしれない。

が、ミステリ脳としては伏線が気になりまくるので、一応自分なりに解釈しておこうと思う。
このあとはガッツリネタバレになります。

前提として「夜行が現れる夜の世界」と、「曙行が現れる昼の世界」の、二つが存在することは間違いないだろう。どちらが夢の世界なのか、両方とも夢の世界なのかは判然としないし、二つ以上に分岐している可能性もあるが。二つの世界を前提に、それぞれのエピソードがどうなっているのかを考えてみたい。

まず一番最初に、岸田が19世紀のイングランドで描かれたという絵「ゴースト」に囚われてしまったのだろう。
読心術を持つ佐伯は岸田が「ゴースト」に囚われていることを見抜いた。そして岸田が絵の世界から解放されるためには、その世界で殺されるしか方法がないと考えたのだろう。
岸田は「ゴーストの世界」に干渉するため「夜行」を描き、その世界の中で「岸田が愛する女性に殺され」ることで解放されようとしたのだと思える。

そして、彼が描いた「夜行」シリーズが他の人たちへ影響を与える。

第一夜の尾道では「昼の世界」で中川は妻を殺しているのだと思う。
「夜の世界」では、中川の副人格となるホテルマンがその妻を殺していて、中川はホテルマンを殺した。昼の世界で妻を殺したことの恐ろしさから逃げようとしているのだと解釈できる。
「夜の世界」では中川は妻と一緒に京都に来ていたが、最終夜の「昼の世界」で妻は登場せず、大橋が彼女について言及すると「おびえた様子」を見せている。

第二夜の奥飛騨では「昼の世界」で武田と美弥はトンネルの手前で事故死しているのだと思う。
おそらくは「君が眠ったら俺まで眠くなる」といった増田の居眠り運転で。「夜の世界」では増田と瑠璃の姿が消え、武田と美弥が温泉につかっていたが二人だけが「夜の世界」の方に囚われた、と考えるべきだろう。
実際、最終夜の「昼の世界」で、武田君は登場しない。

第三夜の津軽で「昼の世界」の玲子は児島を殺しているのではないかと思う。
玲子は友達のいなかった小学生時代に「想像上の友人(Imaginary Fried)」である佳奈ちゃんを生み出し、殺していた。
これは「夜の世界」の話で「昼の世界」でどうだったのかは分からないが、いずれにせよ自分が殺したと思っている佳奈ちゃんと児島が手を繋いで現れるのは、両方とも「自分が殺した」相手だからだろう。
児島は同僚の妻である玲子に明らかに好意を寄せている。そして「とにかく終点まで行ってみないと気がすまない」性分だ。「昼の世界」で、おそらく児島は玲子に迫り、彼女はそれを拒んで児島を殺してしまったのだろう。
「夜の世界」で藤村の夫は「児島が消えた三角屋根の一軒家の窓に玲子がいたのを見た」といっている。これは「玲子が児島を消した」ことを表しているのだろう。

という風に、一応の解釈をつけてみた。
ミステリというよりファンタジー色が強く、解釈は何通りでもあるとは思うが、色々考える余韻を残す作品であることは間違いない。

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