月に吠えろ! 萩原朔太郎の事件簿
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あらすじ
萩原朔太郎が探偵!?
詩人のインスピレーションに通じるような飛躍するラテラル思考と、ロジカルな推理を組み合わせて事件を解決していく。
大正から昭和初期の文壇が舞台、実際に朔太郎と親交の深かった室生犀星がワトソン役になっている。
- 死者からの手紙
とある女性の元に事故死した作家の兄から手紙が届きはじめる。
「今日は墓参りをしてくれてありがとう」「今日は体調が悪くて臥せているね」などと、その日の彼女の状況が書き記され、最後には「天上で待っている」と締めている。
筆跡は間違いなく兄のもので、彼女は恐怖に震えた。
彼女の夫は「兄の死を認めたくない彼女の自作自演」を疑うが、彼女は自分が書いたものでないことを確信していた。
女性は同じマンダリン教室に通っている朔太郎に相談を持ち掛けた。
- 閉じた空
気球搭乗会を主催した青年実業家が、一人で乗っていた気球の中で銃で胸を打ち抜き死んでいた。完全な密室となる上空数十メートルでの出来事だったため、自殺と判断された。
だが、青年実業家の婚約者だったという女性は「彼の死が自殺だったはずはない」と言い、朔太郎たちに調査を依頼してきた。
- 消えた夢二の絵
朔太郎たちは、画家の竹久夢二に招待されパーティーに向かう。
ところが、展示予定だった絵が盗まれてしまい、パーティーは中止され夢二は失意に沈む。
前日の夜までは保管場所に絵があったことは確認されていて、その時間以降は施錠され鍵は夢二が保管していた。合鍵もなく、窓も小さな明り取りだけで人が通ることができる大きさではなかった。
朔太郎たちは、夢二たちと親交のある女流文芸同人会「青踏」のメンバーから話を聞き、事件の真相に迫る。
- 目の前で消えた恋人
とある女性の恋人が、彼女の目の前で消えてしまったという。
彼女は、恋人が5階で下りエレベーターに乗ったのを見て、急いで階段を駆け下り3階で追いついたのだが、そこに彼の姿はなかった。
5階も4階にもエレベーターの前に人がいて、下りた人はいないという。彼女は全力で走ったため、さらに下の階にいって戻ってきたという可能性もない。
女性は朔太郎に、恋人が消えた謎の解明を依頼する。
- ひとつの石
画家の兄を殺された妹が、朔太郎たちに調査を依頼してきた。
彼女は「兄と金銭トラブルのあった男が犯人」だと断じていたが、その男には犯行時刻にアリバイがあった。
画家が殺された時間、その男は現場から1時間はかかる場所にある知人宅で麻雀をしていた4人に目撃されていた。
朔太郎は犯人のアリバイトリックをあばく。
- 怪盗対名探偵
朔太郎たちの作った文学同人会「人魚詩社」に、女性会員が入会してきた。
彼女の父は「星の翼」と呼ばれる高価なガラス製の壺を友人から預かっていたが、「怪盗X」から「星の翼」を盗むという予告状が届く。
警察による厳重な警備体制が敷かれたにもかかわらず、「星の翼」は保管されていた部屋から忽然と消えてしまった。
- 謎の英国人
作家の菊池寛は、栄養状態の悪そうな朔太郎たちを見かね、滋養に良いという蜂蜜を作る英国人の養蜂家を紹介した。
後日、その英国人と室生犀星が菊池寛の家に招かれ食事をしていると、英国人の家で家政婦として働く大柄な女性が忍び込み、何かを盗んで走り去っていった。
一同は彼女を追い、養蜂家の家にたどり着いたが、彼女は突き当りの部屋に入った後、そこから姿を消してしまった。
大柄な家政婦は「領域外の妹」だったのか。
感想
「大正時代から昭和初期にかけて活躍した文学者が探偵として活躍する」という、そもそも着想がぶっ飛んでいる作品だ。
朔太郎の事件解決のスタンスも詩人らしく独特だ。
まず「事件から詩を読み取り」、そのインスピレーションから着想を得る。その後から論理的な推理で検証をしていく。
ホームズから連なる論理優先の名探偵とくらべ、飛躍した水平思考にキーになっているのが、朔太郎の奔放なイメージと重なって面白い。
実在した作家たちの実際の活動が下敷きになっていて、史実とフィクションが溶けあう感じもいい演出だ。
カステラ+羊羹のお菓子「シベリヤ」だとか、バーで供される電気ブランだとか、エレベーターが導入されたデパートだとか、当時の雰囲気も感じられる。
鯨統一郎さんの「歴史ミステリ」はやっぱり面白い。