影の車
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あらすじ
それぞれに趣向の異なる7つの短編ミステリ。
- 潜在光景
サイコホラー的なミステリ。
浜島は既婚者だったが、20年ぶりに再会したかつての同級生 小磯泰子と親しくなっていく。
泰子の夫は既に亡くなっていたが、6歳になる息子の健一がいた。浜島は頻繁に彼女の家に訪れるようになっても、健一が彼に懐くことはずっとなかった。
- 典雅な姉弟
アリバイトリックのミステリ。
麻布の高級住宅街に住む 生駒桃世と才次郎は、その典雅な雰囲気で評判になっていた。二人とも60歳前後だがともに独身だった。才次郎の義姉にあたる お染 も同居していたが、いつも桃世にいびられていた。
ある日、自宅で桃世が殺された。
お染は犯行時刻には寝ていたと証言したが、それを確認できる人はいない。また才次郎にはその時間のアリバイがあった。
- 万葉翡翠
独特な趣向の歴史ミステリ。
万葉集を考古学的に研究している教授の下で学生たちが、とある歌にある「ヌナカワ」の場所と、そこに出てくる「玉」の正体を探っていく。
- 鉢植えを買う女
完全犯罪の成立を描くミステリ。
体格が良く男性にモテなかった上浜楢江は、職場の同僚が結婚し不幸になっていくのを見るうち、自分は結婚を諦めお金を貯めることに執着していた。
楢江は、そんな彼女を利用しようと近づいてきた男とやがて深い仲になっていく。
- 薄化粧の男
これもアリバイトリック。
草村卓三が車内で死んでいるのが発見された。
彼の本妻と愛人は、お互いが相手の犯行だと主張したが、どちらにもアリバイがあり、結局強盗による犯行だと結論付けられた。
数年後、愛人だった女性の自殺を機に、事件の真相が明かされる。
- 確証
人物誤認のミステリ。
大庭章二は、妻の多恵子と会社の同僚との不貞を疑っていた。
直接問いただすことも、探偵などを雇うこともできなかった章二は、意図的に淋病を感染すことで、状況を明らかにしようと企てた。
- 田舎医師
雪道の足跡トリック。
杉山良吉は、亡父の生まれ故郷に向かい、初対面の親戚である医師の杉山俊郎を訪れた。
だが俊郎は雪の中、離れた村落へ往診に出ており、深夜になっても戻らない。やがて俊郎が、道中の崖で転落し死亡しているのが発見された。
感想
それぞれの作品で異なる趣向が凝らされ、それぞれに完成度が高い。
1話目の『潜在光景』は、とにかく不気味なホラー感に溢れているし、2話目は一転して王道のアリバイトリックだったりする。3話目はまた趣向を変えて歴史ミステリだ。引き出しの多さを感じさせる。
松本清張氏は長編だと歴史や地理的な背景の説明があったりして、それが重厚感を生み出しているのだが、正直まどろっこしいと感じることも多い。短編だとスッキリして読みやすく、個人的にはこちらの方が好きかもしれない。
また「1960年代の日本ってこんなだったのか」という衝撃も受けた。
登戸から都内に直通の電話はかけられないから電報で連絡した!?
医者が馬に乗って往診に行く!?
電報を使ったアリバイトリックや、馬を使った足跡トリックなどは隔世の感がある。
一方で、男女間の愛憎や嫉妬など、ソフトの部分は十分理解可能だ。
社会的な人間関係の枠組みは少しずつ変わっていても「感情」の部分は変われないのかもしれない。