Ork(オーク)-2006-
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あらすじ
『箱の中の優しい世界』の前日譚。
2006年、世界三大OSの一つを作る巨大企業「オランジェ」の日本法人で働く佐野は、US本社の社長のボブと、その影となるアッシュから特命を受ける。
マネージャーの桜田がOSのソースコードを盗み出し失踪したので、桜田と面識のある佐野が秘密裏に捉えて欲しいという命令だった。
桜田に敬意を持っていた佐野は乗り気ではなかったが、スタッフの首を人質に捜査を強要される。自らボブの愛人だというナオコが、佐野の元に訪れ協力しつつ彼の動きを監視し報告する。
桜田の残した手書きのメモや、チャット・アカウントなどの情報をもとに、佐野は桜田の宿泊するホテルを突き止めたが、包囲網をかわして逃げられてしまう。桜田は個人情報セキュリティーへの懸念から行動を起こしていることを伝え、佐野に協力を求めたが、佐野は断る。
その直後、ネットワーク上に自己増殖型のワームが急拡大する。
何とかワーム拡散は阻止したが、OSの穴を狙った攻撃はソースコードを持つ桜田によるものだと思われた。
その頃、匿名でのファイル交換を行うP2Pとして「Ork」と呼ばれるソフトが、広く使われるようになっていた。IP情報は消され、接続元だけでなく接続先の情報もOrkが秘匿しOrkがEditした情報のみが見える、個人情報が厳重に保護されたシステムだった。
クレジットカード情報などと紐づかない匿名性の高い決済手段も提供しEコマースの流通に影響を与えた。また、音楽や書籍なども著作権管理団体などにピンハネされず個人間で売買することが可能となった。
ある日、世界中のコンピュータにOrkが強制的にインストールされる事態が発生した。先日拡大したワームの残骸がトロイの木馬的に穴を開け、BIOSレベルでの侵入を可能にしていた。
佐野は桜井の残した足跡をたどり、Orkに仕組まれたイースターエッグから彼に会いに向かった。
感想
本作の数年後の話になる『箱の中の優しい世界』では、特定企業による情報インフラ寡占化の危なさと、行き過ぎた「ポリティカル・コレクトネス」による潔癖すぎる社会の不気味さを描いた話だった。
本作の舞台は2006年。スマホはまだなく、SNSなども今ほどの勢いはなかったが、インターネットが急速に拡大し実体経済に大きな影響を持ち始めた頃だ。
本書で登場する桜田は、個人情報を大手インフラ企業が独占することのリスクを訴え「多少の便利さと引き換えに失うものが大きい」と述べている。
個人的な実感では「自分の個人情報なんか大した価値ないし、Googleさんの便利さを考えれば、まあ別にいいか」だし、
「0.5%のポイントが付くなら、現金よりカード払いの方がオトク、情報紐づけなんて気にしない」というのが本音だ。
さまざまな変数がある世の中は複雑で、1984のビック・ブラザーのように全てを監視しコントロールすることは現実的でないんじゃないかとも感じている。
現時点では Amazon の勧めてくる商品は的外れだし、Youtube広告に出てきたものを購入したことは一度もない。まだまだデータサイエンスの精度は低い。
とはいえ、完全にはならなくても精度を上げていくことは可能だろう。
データ収集のカバー範囲が広がり、データマイニングの技術が向上しつづければ、どこかでブレイクスルーが起こるのかもしれない。
気付かぬうちに茹で上がる蛙になってはいけない。
「匿名性」が希少価値を持つ時代が来る可能性は十分にある。
たとえば現金でモノを買える場所がなくなると「どうしても秘密で買いたいもの」があったとき困る。稀によくある。そうなれば「匿名性」自体が価値を持ちビジネスとなる可能性もあるだろう。息苦しい世の中になりそうだ。
桜田が大手インフラ企業による情報寡占のリスクを訴える一方、主人公の佐野はOrkを使った個人が情報管理者となることにも不気味さを感じるといっている。
欠点が多く信頼できないかもしれないが、現時点では「民主的な手段が一番まし」だという判断なのだろう。
色々と考えされられる話だった。