贖罪の奏鳴曲 御子柴礼司
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あらすじ
悪辣弁護士と呼ばれる 御子柴礼司が主人公の法廷ミステリ。
御子柴は、国選弁護人として保険金殺人事件を引き受けた。
事件の概要は以下のようなものだった。
木材加工工場経営者の東條彰一は重い障害のある息子の幹也に継がせるため、工場のオートメーション化を進めた。しかし、多額の設備投資に折からの不景気が重なり、工場の経営は行き詰まっていった。
そんな時期、彰一は積み荷の下敷きになって、意識不明の重体に陥る。
彰一は集中治療室に入院したが、いつ意識が回復するのか分からない状況で、入院費の負担が家族に重くのしかかっていく。
彰一の妻、美津子と息子の幹也が病室にいた時、人工呼吸器が止まる。
医師が駆け付け救命処置をするも容態は悪化し、彰一はそのまま死んでしまった。
人工呼吸器に不具合はみつからなかったこと、病室に備え付けたカメラに美津子が人工呼吸器の電源を操作している様子が移っていたことから、美津子による殺人だとして起訴されていた。
彰一が事故にあう直前、3億円もの生命保険に加入していたことも不利な要素なり、美津子の犯行である疑いは濃厚だった。
実際、一審で美津子は犯行を認め、経済的困窮を理由とした情状酌量を狙った戦略を取るも量刑が想定以上に重かったため控訴し、二審では一転して殺意はなかったと罪状を否認する戦略に切り替えた。
二審でも重い判決が出たため「刑の量定が甚だしく不当である」として、最高裁に上告した。
しかし、上告直後に担当弁護士が体調を崩して担当を外れてしまう。そこで御子柴が国選弁護人として引き受けたのだった。
東條彰一の刑事訴訟と時を同じくして、フリージャーナリストの加賀谷が殺害される事件が発生した。
加賀谷は東条家の保険殺人事件の取材をしていて御子柴と会い、彼が十数年前に幼女殺人事件を犯した少年だったことに気づいていた。
御子柴は刑期を終えてから司法試験を受け、正当に弁護士になっていた。だが、信頼が大事な弁護士として過去犯罪歴があることは大きなマイナスとなり得る。
警察は、犯罪歴を知られた御子柴が加賀谷を殺したのではないかと疑う。だが犯行当日、御子柴は二件の法廷に出廷していて鉄壁のアリバイがあった。
保険金殺人事件の真実を探る御子柴と、御子柴を追う警察が、やがて絡み合い、事件は複雑化していった。
感想
法廷ドラマとしても面白いし、ミステリとしても良くできている。
けれどやっぱり本作は「御子柴礼司の贖罪」が主題だ。
御子柴が初めて罪の意識を感じたとき、担当教官の稲見は「謝ることは罪の償いにはならない。人を殺したらいくら謝っても生き返るわけではない。別の人間を苦しみから救い出すことで埋め合わせるのが贖罪だ」と言った。
殺人は極端だけれど、普通に生活していても「人を不幸にしてしまい、もう取り戻せない」ということはある。そんなとき、ただ後悔したり謝罪しても「贖罪」にはならない。
当人に返すことはできなくても、他の人を不幸から救い出す。言葉ではなく行動で示すことが大事ということなのだろう。
どれだけ真剣に行動したのかが、人生の価値を決める。
稲見の「人生に面白いもクソもない。あるのは懸命に生きたか、そうでないかだ」という言葉が重い。
御子柴礼司シリーズは2作目の『追憶の夜想曲』から読み始めてしまい、面白さが分からなかったのだけれど、本作を読んで御子柴の行動原理を理解すると深く入り込むことができた。
傑作だと思う。