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沙高樓綺譚

沙高樓綺譚

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あらすじ

沙高樓と呼ばれる高層マンション最上階の一室に集まったセレブたちが順番に「奇妙な話」をしていく。
「百物語」のような設定の5話の連作短編集。

  • 小鍛冶

1つめは「私」小日向君の知人話。

私はすでに刀剣鑑定の世界から身を引いていたが、小日向君は「三十四世徳阿弥」として刀剣鑑定の宗家を継いでいた。
彼は「沙高樓」と呼ばれる一室での会合に私を誘い、刀剣鑑定についての話を披露する。

刀剣鑑定士の会合の場に、江戸時代に焼失したといわれている名刀「甲斐郷」だと思われる刀が持ち込まれた。一同は真贋の即断を避け、病床に臥せていた先代徳阿弥に刀を見せると、彼は「せいそうち」と書き示した。

  • 糸電話

2つめは精神科医 志摩裕次郎 の話。

昭和30年代、地域の名士だった志摩家は、裕次郎を私立の小学校に通わせていた。

当時の私立学校では徹底した上流子弟教育が行われていた。
ある日、学校で糸電話の実験を行い、裕次郎と組になった凛という少女は「ゆうちゃんの声が聞こえない」といって泣き出してしまう。

それからしばらくして、旧華族の庶子であった凛は、公立の学校に移ることとなり、裕次郎との関係は途絶えたかに見えた。

ところが、中学時代の通学途中や、高校時代に行ったビートルズのコンサート会場、大学時代に行った海や、果てには新婚旅行に行ったオーストラリアでも、何度も偶然が重なり凛と顔を合わせることになる。

  • 立花新兵衛只今罷越候

3つ目は映画のカメラマン、川俣信夫の話。

戦地から引き揚げた監督の小笠原は川俣たちと、幕末の「池田谷事件」を題材とした映画を撮影する。

戦前は悪役として描かれることの多かった新選組を主役に据える、当時としてはユニークな台本だった。
撮影現場に訪れた 立花新兵衛 というエキストラは撮影前から役に入り込んでいて、リアリティを追求する監督は何の指導もせず、立花に自由に演技をさせた。

立花と 近藤勇 は真剣での斬り合いと見まがうような殺陣を見せる。

  • 百年の庭

4人目は、ガーデニングの女王 音羽妙子 の代役として、庭番の 加倉井シゲ 。

南軽井沢の別荘地で広大な庭園を持つ音羽家。

元々は明治時代に英国に駐在していた先々代音羽男爵が、100年後の完成を目指して作り上げた庭だった。

シゲの父親は庭師として音羽男爵と一緒に庭を育てていた。音羽男爵が亡くなって音羽邦隆が庭を引き継ぎ、シゲも父親を亡くし庭師としての仕事を引き継いだ。

邦隆の初婚の相手は「悪い女」で財産を奪って他の男と逃げ出してしまった。
その後、シゲと邦隆 は長年にわたり庭を育ててきたが、老境に至ってから邦隆 は年の離れた妙子と再婚した。

邦隆が亡くなり、妙子はシゲからガーデニングの知識を得てゆき、やがて「ガーデニングの女王」と呼ばれるようになる。

  •  雨の世の刺客

5人目、その日最後の話者は「辰」という極道の大親分。

集団就職で上京してきた辰は、チンピラの先輩に誘われヤクザの世界に入り込む。

ボンクラな親分の元、優秀な若頭が組を切り盛りし、辰たちの若衆の教育も行っていた。

辰はなし崩し的に外部・内部の抗争に巻き込まれ、偶然にも大きな役割を演じることになる。

感想

「糸電話」は完全なホラーだった。
浅田次郎氏 は 女性の恐ろしさを描くのが上手いと思う。
女性の心の機微を繊細に感じて表現している。それがとにかく怖い。

立花新兵衛が見せた「無私の真剣さ」や、明治時代元勲の「百年を見通す洞察力」などを賞賛しながら、一方で人間の恐ろしさも描き出している。

伝わってくる昭和30年代の雰囲気もいい。
今から60年くらい前、 明治維新はまだ「歴史」として消化されておらず、第二次世界大戦はリアルに目の前の出来事だった時期。

社会情勢には隔世の感があるけれど、「恐怖を感じる人の心」は現在と地続きであるように感じる。

浅田次郎さんは長編で圧巻の作品をだしているが、こういう「ちょっと不思議な短編」も上手い。さすがだ。

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