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総理にされた男

総理にされた男

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あらすじ

小劇団の役者 加納慎策は、時の総理大臣 真垣統一郎のモノマネで人気を博していた。だが役者として大きな飛躍はできず、恋人の安峰珠緒に経済的負担をかけている状況に鬱々としていた。

ある日、慎策は屈強な男たちに拉致される。
車に乗せられ連れられた先に現れたのは、内閣官房長官の 樽見政純 だった。

樽見は、総理大臣の真垣が意識不明の重体に陥っていること、政局が不安定な今、首相の不在は致命的であることを説明し、「国家のため」慎策に真垣の影武者となることを依頼する。

  • VS 閣僚
    真垣総理大臣に慎策が最初に対峙したのは、同じ国民党の党三役だった。
    党内部でも派閥抗争に明け暮れる現実を目の当たりにする。
    女性蔑視発言をした古参議員や、非弁行為で窮地に立たされた議員の処遇で、慎策はアクロバティックな解決策を見出し、党内部の敵対勢力を少しずつ懐柔していく。

  • VS 野党
    慎策は通常国会の施政方針演説を行う。
    「庶民感覚」からは納得しがたい「法人税を下げて消費税を上げる」ことの有効性を理解し、マクロ経済レベルでのインフレーション・ターゲットを導入する。
    また原子力発電の即時停止も方針に含めたため、野党を始め、一部の与党議員からも厳しい追及を受けた。

  • VS 官僚
    慎策は震災被害からの復興が遅々として進まない東北地方都市を視察した。
    国益より省益にこだわる官僚が、国家としての全体最適を妨げ弊害を生んでいる。
    官僚の実質的な人事権を政府に移すため「内閣人事局」の設置を目指した。

    官僚の息のかかった議員からの猛反対と闘う中、真垣統一郎は入院したまま死亡してしまう。樽見は慎策に「このまま影武者を続けること」を頼み込んだ。

  • VS テロ
    アルジェリアの日本大使館で、テロ組織が人質を取って立てこもった。
    組織はアルジェリア内のフランス軍撤退を求め、要求が受け入れられなければ3時間ごとに人質を一人ずつ殺していくという。

    日本政府としては「人質の安全を最優先」にしたいが、アルジェリアとは政府レベルでの交流が薄く、日本政府の要求が通るとは思われなかった。
    同盟国であるアメリカも自国の利害に関わらない部分に積極的に介入しようとはしない。

    憲法により海外に武力を送ることができず、アルジェリアやアメリカ政府の行動に期待するしかない日本政府の実態に、慎策は憤りとむなしさを感じた。

    そんな折、防衛大臣は「陸上自衛隊の特殊部隊であれば、テロ組織を確実に制圧できる」ことを慎策に伝えた。

    自分を導いてくれていた官房長官の樽見も過労に倒れるなか、慎策は自衛隊特殊部隊のアルジェリア派遣を決意する。

  • VS 国民
    憲法判断を待たずに自衛隊を海外派遣した慎策に対し、マスコミや野党、与党内部からも批判が集中する。

    「大使館は自国領土だから海外派兵に当たらない」ため違憲ではないと説明したが、アクロバティックな理論に慎策自身も納得していなかった。

    慎策は自分への信任を国民に直接問いかけた。

感想

総理大臣の影武者となった役者が、やがて本物の総理大臣になる。
設定にはやや無理やり感があるけれど、伝わってくる作者の政治的思想が興味深い。

「VS野党」の章では「経済政策における現実主義」が訴えられている。
現実に民主党が政権を担った際「理想主義に走りすぎ、現実的な落としどころを見誤った」ことを批判している。

私見として、この部分の著者の意見には大筋合意する。

「政治というのは正しさの追求ではない。意見が対立する者と擦り合わせ、妥協し、着地点を決めること」なのだろう。


「VS官僚]の章では「官僚主導の弊害」を訴え、政府に官僚の実質的人事権を握らせてコントロールさせようとしている。

個人的には、取り組む必要のある問題だと思う。

「権力の一極集中」が多くの悲劇を生んだ歴史から、民主主義システムは「権力が少数に長期間集中しないこと」を目指している。
だから、最高権力を持つ国会議員は、選挙により数年ごとに入れ替えられる仕組みになっている。

一方で実務的な面からみると、数年ごとに入れ替る議員が、専門性の高い高度な業務に精通するのは難しい。
変化の激しい世界で「人ではなく仕組み」で運営していくことにも限界がある。

「実務は官僚、その監督を閣僚が行う」という現行の仕組みは素晴らしいのだが、実際には官僚の方に権限が寄っているため「権力集中の弊害」の方が強く出ているということだ。

「人事権を閣僚に持ってくる」というのは「権力の長期集中」を避ける手段としては有効かもしれないが、仕組みだけ変えても「専門性の高い業務の必要性とのバランス」という問題の本質は変わらず、権力闘争の綱引きポイントが変わるだけになりそうだ。

閣僚の評価基準を省単位ではなく、全体視点に置くこと、そこを閣僚がメンテナンスしていくこと、あたりが現実的な落としどころなのだろうか。


「VSテロと VS国民」の章は、憲法9条と国家主権の問題に踏み込んでいる。

ここでの主張は痛快だが荒っぽい。
作者自身「理屈より感情が優先」であることを明示しているし、政治理論の話というよりストーリーの盛り上げ要素と解釈したほうがいいのだろう。

いろいろ考えさせられる話だった。

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