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毒入りチョコレート事件

真実はいつもひとつ-じゃない。『毒入りチョコレート事件』

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あらすじ

ロジャー・シェリンガムが主催する「犯罪研究サークル」のメンバーが集まる「毒入りチョコレート事件」にそれぞれ自分の解釈を述べていく。

・事件
ユースタス男爵が、試供品として届けられたチョコをグラハム氏に渡し、グラハム氏は妻と一緒にそのチョコを食べた。

チョコには毒が仕込まれており、グラハム氏は一命をとりとめたが妻はなくなってしまった。
警察はユースタス男爵に毒入りのチョコを送った犯人を探していたが、捜査が暗礁に乗り上げたため「犯罪研究サークル」の助力を得ようとした。

6人のメンバーはそれぞれ違う解釈を提示する。

・弁護士のチャールズは「誰が利益を得るか」をキーに考えた。
ユースタス男爵がチョコを食べ死んだときに利益を得る「男爵夫人」を疑った。

・劇作家のフィールダ夫人は「隠れた三角関係」がカギだと考えた。
自分の娘と、素行の悪いユースタス男爵との結婚を阻止しようとした「チャールズ弁護士」が犯人だと主張した。

・推理作家のブラドリは「小説家としての実験」として考える。
毒薬の入手やアリバイなど全ての条件を満たしている人間として「自分自身」が犯人だとした。

・サークルの主催者ロジャーはグラハム夫人の公正な性格とその行動の間に違和感を覚え「グラハム氏」が夫人を殺そうとした事件だと考えた。

・小説家のダマーズ嬢はグラハム夫人とユースタス男爵に関係があったと見抜く。ユースタス男爵がグラハム夫人を殺した事件だと考えた。

・最後にチタウィク氏はグラハム夫人とユースタス男爵の不倫関係を見つけ、また別の事件の構図を提示した。

感想

技巧的な論証は、ほか技巧的なものがすべてそうであるように、ただ選択の問題です。何を話し、何をいい残すかを心得てさえいれば、どんなことでも好きなように、しかも充分に説得力をもって、論証することができるのですよ。

一つの事件に6人がそれぞれの「解決」を述べる。
どれも充分な説得力があり「これこそが真実」だと感じるが、その後に論理を崩す証拠が後付けで出てきてひっくり返される。

私はラストでも「正解」が示されたわけではないと解釈している。
「唯一解などあり得ない」というのが「正解」だということなのだろう。

ミステリであれば、著者がばらまいた「怪しげなポイント」が、回収されれば「伏線」になるし、回収されなければ「ミスリード」で終わる。
バランスを崩さない限り、いくらでも恣意的にコントロールできるものだ。

これは別にミステリに限った話ではない。
実生活でも、起こった出来事への解釈は無限に広げられるし「絶対唯一の真実」がある訳ではない。

頭の良い人ほど「因果関係」がはっきりした展開を好むが、現実世界の多くのことは複雑な要素が関わり、一つの原因が一つの結果を生むということはあり得ない。それでも人は理解できるストーリーに落とし込もうとする。

「分からない」ことは人を不安にさせる。降りかかる危険がみえなければ身を守ることができないからだ。

自分自身、物事を「因果関係」で捉えようとすることから逃れることはできないだろう。
それでも「別の結論でも矛盾は生じないのではないか」と立ち止まる冷静さを持ちたい。

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