傷痕のメッセージ
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圧倒的。
引き込まれて一気に読んだ。
舞台となる純正会医科大学附属病院の絡みで小鳥遊の名前がちょっと出てきたりするけれど、「天久鷹央シリーズ」とはほとんど繋がりはない。こちらはコミカルな部分を排したシリアス寄りの医療ミステリだった。桜井刑事も切れ者のハードボイルド刑事っぽくなってました。
知念実希人さんの作品にはいつも感動させられる。
今作でとくに心を揺さぶられたのは「解剖医の矜持」と「親子の絆」です。
解剖医の矜持
知念さんの描く医者は誰もが「自分の職務に対して真摯」だ。ラノベ寄りの軽い話でもシリアスな展開でも。
本作に登場する解剖医の刀祢紫織も「死者」に深い敬意を持って接する。
解剖医が登場する医療ミステリとしては、中山七里さんの「ヒポクラテスシリーズ」も大好きで愛読しているのだけれど、医者の造形はずいぶん違うなと感じる。「死者の声なき声を聞く」ことで展開していくミステリなのは共通しているけれど、ヒポクラテスシリーズに登場する光崎やキャシーは「ネクロフィリアっぽい偏執的な興味」があるのに対して、本作の刀祢紫織には、徹底して死者の思いを尊重しようという姿勢が感じられる。
普段は身なりを気にしない刀祢が遺体を解剖するときにはきちんと正装するとか、いくぶん戯画的ではあるけれど、彼女の母親のエピソードを見て、急に感情移入してしまった。
また、ヒポクラテスの方は法医学がテーマとなっている分、外傷の状況から、他殺・自殺・事故死などの判断を行うケースが多いが、刀祢は明確な「病死」から、その死者の思いを汲み取る。
やはりここは医師である作者の知識と経験が、話に深みと密度を与えている。
医師としての知識が「本格医療ミステリ」を成立させ、多くの病や死と向き合ってきた経験が話に深みを与えているのだと思う。
元医師の知念さんでなければ書けない話だろう。
家族の絆
もう一つ心を揺さぶったのは、本書で書かれた家族の姿だ。
父親と距離を感じていた水城千早は、彼に歩み寄ろうとする。でも彼の死の直前「たんに血が繋がっているからといって、親子になれるわけではない」と言われ、関係を拒絶されたのだと感じてしまう。
家族というのは利害を共にする最少の生活ユニットだ。
その関係性を担保するのは「血の繋がり」だと考えられている。
「血の繋がり」という根拠があるから「無償の愛」が生まれるのだし「干渉が正当化」されたりもする。
でも、家族に限らず、人間関係というのは、特定条件を満たせば勝手に成立するものではなく、関係を負荷明示していくのには相応の努力が必要なのだと思う。
きっかけは血縁かもしれないし、学校でたまたま同じクラスになったことかもしれない。でもその関係を深めていくためには「思い」が欠かせない。
穰が、警察官として父として夫として、何を大切に何を守ろうとしたのか。
その思いの深さにも胸を打たれた。
いやあ、またまた素晴らしい作品だった。
あらすじ
研修のため病理部で働いていた水城千早は、末期癌で入院していた父の穰を亡くす。
千早と穰の間にはずっと壁があり、死の直前にも歩み寄ろうとした千早を穰が拒絶したことに、彼女は深く傷ついていた。
穰の遺志にしたがい、千早の同僚である解剖医 刀祢紫織が遺体を解剖すると、胃壁に暗号が刻まれていた。
また、穰の死を知り訪れた桜井という刑事から、穰もかつて刑事であったことを聞かされ驚く。
28年前、穰は桜井とともに、折り紙殺人事件とよばれた連続殺人事件の捜査にあたっていたのだという。
そして穰の死の直後、28年間止まっていた「折り紙」の連続殺人が再開した。
刑事であることを隠し、胃に暗号を彫ってまで、穰は何を隠し、何を守ろうとしていたのか。