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綾志別町役場妖怪課 すべては雪の夜のこと

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あらすじ

朧月市役所 妖怪課』から続くシリーズ完結編。

公務員だった父に憧れ「自治体アシスタント」として、地方自治体を盛り上げることを夢とする 宵原秀也 が主人公。

秀也は以前、日本中の妖怪を集め隔離していた「朧月市」の市役所妖怪課で働いていたが、契約期間が終了し秀也は次の赴任地に異動する。

朧月市の市境に張られた結界の影響で、秀也は朧月市での記憶を失ったが、前作で旧ソ連の妖怪を押し付けられた北海道「綾志別町」の妖怪課に派遣され、そこで妖怪たちと接するうちにかつての記憶を徐々に取り戻していった。

綾志別町で秀也は、同じ妖怪課の先輩である 霧谷翔一郎の家に居候する。
霧谷のいとこで妖怪封じの能力を持つ雪本佐那、朧月市から秀也を追ってきた日名田ゆい も霧谷の家で一緒に暮らしていた。霧谷に憧れている女子高生の風見伊里菜も頻繁に霧谷家を訪れる。

町外の高校に通う伊里菜は、雪の降る季節はバスを使う。
伊里菜は「通学のバスで黒いフードを被った男にストーカーされる」と翔一郎たちに訴えるが、相手にされない。話を聞いた警察官がバスに同乗した、彼らはバス内で異様な体験をした。

秀也はゆいと一緒に、町外れの湖畔に住む老人宅を訪れる。
老人は馬に与える飼い葉が無くなったと訴えてきた。雪に覆われた敷地内をドローンで撮影したビデオを見ると、倉庫の直前まで続いていた足跡が壁際で消えていた。老人は「壁をすり抜ける妖怪の仕業としか考えられない」と言い、妖怪課に飼い葉の補償を求めた。

雪原に残された足跡を調査していたゆいは、森の奥で赤く可愛い木の実を見つける。ゆいが近寄ると赤い実は弾け、彼女の目に赤い汁が吸いこまれていった。
やがてゆいの身体に異変が起こり始める。

いくつかの事件はやがて重なり合い、それぞれの運命が動き出す。

感想

本作でシリーズ最終話だが、読み終えても未解決の謎が残っている。
とくに大きいのが、朧月市を囲い外に出ると妖怪に関する記憶を消してしまう結界に関する謎だ。

宵原秀也の祖父である眉村燕は結界を無効化する「小夜仙」の能力で記憶を持ち出したような描写があるが、「小夜仙」を引き継いでいる秀也は、朧月市を離れるときに記憶を失ってしまったのはなぜか。

秀也が朧月市を離れるとき、恋人である ゆい に「迎えに来る」と約束したのに、結界を超えたとたん、ゆいについての記憶も失ってしまう。これではゆいがかわいそうだ。

一方、日名田ゆい は秀也を追って朧月市を離れたが、妖怪のことも秀也のことも忘れなかった。

この違いはどこにあるのか。

ひとつの要素として考えられるのは、外部記憶媒体の存在だ。
秀也の祖父、眉村燕は「マユツバ帳」と呼ばれるデータベースを作り残した。
ゆいもタブレットPCにデータ化した「マユツバ帳」を肌身離さず持っていた。仮に記憶は操作できても、物理媒体として外部記憶に移されたデータは長く残っていくということだろう。
後半の綾志別町編でも、 霧谷翔一郎によるデータベース作成が一大テーマになっている。

考えてみれば、日本で今日まで「妖怪」が生き残っているのは、たとえば水木しげる氏のように、口伝によっていた妖怪の情報を整理し、物語として定着させ広げてきた人々の力が大きい。
文化は無意識に脈々と受け継がれていくものだけれど、記憶を風化に任せるのは、恋人との約束を忘れた秀也のようにある意味無責任だともいえる。

情報技術の発展で「とりあえずデータを残しておく」のは簡単になった。保存が容易な分、情報量がオーバーフローして大半は埋もれてしまう。掘り起こされない情報は忘れ去られたのと同じことだろう。

圧倒的なスピードで日々新しい情報が量産される現代だからこそ、旧来のデータを整備し、使える形で残していく活動も大切なのだと思う。

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